あの日、イルカ先生が死んだあの日。
空は恐いくらいに高く青く澄んで。
雲一つない、静かな空がそこにあった。
サクラが覚えているのはイルカ先生の遺体にしがみ付いて泣きじゃくるナルトの後ろ姿と
そのナルトに寄り添うように立つサスケの姿。
そして。
頭上に広がる空と同じように、静かな気配を纏った、カカシの姿だった。
哀しくて悲しくて涙が止まらない。
それなのにふと見つけたカカシの静けさはなぜかひどく美しく。
悲しむでもない、ただそこに。
いつもと同じ表情で、周囲の音さえも消え失せてしまうくらいの静けさで佇むカカシ。
切り取られた風景に同化してしまうようなその美しさに一瞬目を奪われる。
悲しくはないのだろうかと、そう思う。
それとも悲しさを表に出さないだけなのだろうか。
上忍だから。
人が死んでしまうことに、慣れているから。
悲しみがあまり表に現れたりはしないのだろうかと。
そう、思う。
佇むカカシの気配は薄く。
透明な静けさだけがそこにあった。
まるで眠っているようなイルカ先生と同じ静けさを纏ったまま。
カカシがゆっくりと動く。
イルカ先生にそっと近付いていくその姿を、まるで映画のワンシーンのようだと、そう思った。
それほどまでにカカシの現実感は薄く、頼りなく。
いつもだったらその異様さに気付いたに違いない。
でも、その時は。
だれも、誰も気が付かなかった。
そこにいた誰もが自分の悲しみに手一杯で。
まだ涙の止まらないその瞳にカカシを写した人間が自分以外にいたのかさえ分からなかった。
ゆっくりと緩慢な動作でイルカの枕元に立つカカシ。
愛おしげに目を細めてその頬を撫でる。
笑っているように見えた。
微笑んでいるように。
とても穏やかな優しい顔をして。
何か、呟いた。
それがどんな言葉だったのか、それは。
きっとイルカ先生にしか分からない。
そうしてその直後カカシは左目を抉った。
プチプチとイヤな音が泣き声と嗚咽で満ちたその空間でもハッキリと聞こえたことを今でもよく覚えている。
それが神経が千切れる音だと気付いたのは随分と時が経ってからのこと。
抉った瞳をイルカの口に押し込んで、カカシがゆっくりと身を屈め、口付ける。
美しい光景だった。
カカシの左目から滴り落ちる赤い血液がイルカの頬を伝う。
まるで、愛撫するように、ゆっくりと。
誰も何も言葉を発することさえ出来ずに。
悲鳴を上げる者すら居らず。
ただその美しい光景を眺めていた。
立ち去るカカシの背中をぼんやりと目で追いながら見えたのは、高く青く澄んだ空。
イルカ先生はもう居ないのだと、その時ハッキリと思った。
そうしてイルカ先生が、カカシ先生をどこか遠くへ連れていってしまったのだと。
それだけが、分かった。
あの日のことを思い出すたび、今でも網膜にこびり付いて離れないのは。
あの、青い、青い空の色。
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