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近くの公園のベンチに腰掛け睦月は2人の話に耳を傾ける。
おもに口を開いているのはサクラだった。
ゆっくりとした口調で語られるイルカ先生という人物。
オレの、父親。

「イルカ先生はあたし達のアカデミー時代の先生でね。恐いけどすごく優しい先生だった。
ナルトのことをすごく気に掛けてて、まるで親子みたいに仲がよかったの」

「ナルトって、うずまき上忍ですか?」

上忍に昇格する前はよく、カカシを訊ねて家に遊びに来ていた。
金の髪をした眩いばかりの強さを放つ、存在。

「そう。あいつ今の姿からは想像できないかもしれないけど、万年ドベの超落ちこぼれだったんだから」

少し茶化したような口調でいのが口を挟む。

「まさか」

自分が知っているうずまきナルトという人は、途方もなく強い力を持った上忍で。

「信じられないでしょうけど、ホントなのよ」

本当に信じられなかった。
驚く睦月を知ってか知らずかサクラは話を続ける。

「そう、それでね。ナルトにとってイルカ先生は本当にお父さんみたいな人で。
カカシ先生とイルカ先生はナルトのことで仲良くなったみたい」

ふと、沸き起こる疑問。

「何で、そこでカカシ先生が出て来るんですか?」

今までの話の中にカカシとイルカの接点は見出せず。
思い付いた疑問をそのまま口にした。

「睦月、本当に何にも聞いてないの?カカシ先生あたし達の下忍時代の担当上忍だったのよ」

サクラもいのも驚いたように睦月を見た。
カカシが、本当に何も話していないのだと。
その事に改めて気付かされて。

「え、それって…。カカシ先生上忍だったって、ホントだったんですか?」

睦月は訳が分からないという顔をして言った。

「本当に知らなかったの?」
そんなことさえ、カカシは一言も口には出さない。
自分がカカシのことすら何一つ知らないのだと、思い知らされる瞬間。

「知りませんでした。噂は聞いたことあったんですけど単なる噂だと思ってましたし」
「そうなの」

弱く呟くサクラに先を促す。

「それで?」

戸惑うようなサクラに強い視線を向ける。
ここで、ここで話が終わってしまってはなんにもならないから。
ふと気を緩めてサクラが話を再開した。

「うん、それでね。下忍だった頃あたしとナルトとサスケ君の3人がスリーマンセルを組んで、
その担当がカカシ先生だったの」

「うん」

「で、カカシ先生とイルカ先生。
多分イルカ先生がナルトのこと心配してカカシ先生に色々話聞いたりしてたみたいで。
あたしには詳しいことは分からないわ。
でも、それで何かあの2人仲良くなったみたい」

ぽつりぽつりと言葉を選びながら迷いながら話すサクラの横顔は、
今はいないその懐かしい人の姿を追っているようで。

「でも、イルカ先生が生きてる間は、そんなに仲がいいなんてあたし達も知らなかったのよ」

「生きている、間」

2人の話しぶりから、もう生きてはいないのだろうとは思っていたけれど。
カカシの頑なとも言える態度から、もう死んでいるものとは思っていたけれど。
改めてその死を目の前に突きつけられて、重い鉛を飲み込んだように心が沈んでいく感覚に震えた。
俺をこの世に送り出してくれた人は、もう、居ないのだ。


それでもサクラの告白を止めようとは思わず。
初めて浮かび上がる本当の父の姿を少しでも掴み取りたくてその声に耳を澄ました。

「そう、イルカ先生が死んだとき、あの2人が特別な関係だったんだろうなって思ったの」

「何か、あったんですか?」

サクラは少し痛みに耐える様な顔をしてそっと息を吐いた。

「睦月、カカシ先生の左目額当ての下、見たことある?」
「いえ」

口布を外すことはあっても、左目の額当てだけは、けして外さないカカシ。
その事は睦月をとても憂鬱な気持ちにさせていた。
何もかも、オレには秘密ばかりで。
本当のことは何も分からない。

「カカシ先生ね、昔写輪眼の使い手だったの」

「写輪眼って、うちは上忍と同じ……?」

「そう、あの左目が、写輪眼だったのよ」

いのもサクラも少し顔を歪めたまま、俯く。
その事に、よぎる不安。

「だったって。じゃあ、今は?」

その質問にサクラは息を吐く。
あの時に起こったことは、まだ。
この胸を締め付けたまま。

「今は、違うわ」

ぽつりといのが呟く。

「どういうことですか?」

心なしきついような口調になっているのに睦月は気付かなかった。
ざわざわと胸の奥が音を立てている。
顔を上げて遠くを見つめたまま、サクラが言葉を引き継いだ。

「今はあの額当ての下には、何もないの」

「何も、ないって」

「カカシ先生、自分の左目を抉ったの」




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