困難な日
時間を少し巻き戻した一方その頃。
郊外の自宅でだらだらしていたのは上忍師とアカデミー教師中忍の二人組である。風呂上がりの浴衣姿でカカシはイルカの腰に懐いていた。
あぐらをかいて縁側で月見酒を楽しんでいるのはイルカ。その膝に頭を乗っけてごろごろと腰に抱きついているのはカカシである。
酒よりもこっちの方がいいらしい。いつものことなのでイルカも特に何も言わずちびちびと手酌で酒を舐めている。
「ねぇ、イルカ先生」
甘えたようなカカシの声にイルカは月に向けていた視線をゆるりと戻した。
「なんですか?」
お猪口を置いて柔らかいカカシの銀の髪をかき混ぜる。
嬉しそうに目を細めたカカシは腰に回していた腕を持ち上げて、イルカの首に回した。
引き寄せられる感触にイルカは目蓋をゆっくりと下ろす。屈み込んでそうして触れるだけの口付けを落としてから囁くように言葉を紡いだ。
「ずいぶんと甘ったれですね、どうしたんです?」
唇を触れ合わせたまま髪を梳けばくすぐったそうにカカシは肩をすくめた。
「なんかね、最近のサスケとナルトを見てたらちょっと煽られました」
「どういうことです?」
覗き込むイルカの視線から逃れるようにカカシはもう一度腰に手を回し、腹に顔を埋める。
抱きつく腕の力強さや温もりが気持ちいいとイルカは思う。宥めるように髪に指を絡ませればくふくふと笑うカカシの声が聞こえた。
「いえね、あいつら若いなーと思って」
「そりゃ若いでしょうよ。まだ十八ですからね」
髪を撫でながら答えればカカシはまたくふりと笑う。
「そうそう、あの若い情熱にね、煽られてまして。最近イルカさんとのイチャイチャが足りないかな、と」
イルカの腹に顔を埋めて笑いを漏らすカカシは腰に回した手を尻に滑らせる。
「そうですか?」
不穏な動きを始めた手に一瞬イルカは眉を顰め、そうして撫でていた頭をぺちりと叩いた。
「十分だと思いますけど。カカシさんは不満なことがあるんですか?」
置いたお猪口を再び手にしてイルカは杯を透明な酒で満たす。ちぇーと呟いて腰に手を戻したカカシはちらりと目を上げてイルカ見た。
「そういうのはないですけど、イルカさんがいればそれでいいんですけど、なんて言うかこないだみたいな刺激のある事って最近してないなーって」
ね。
ね、とか言われても、とイルカは思う。
カカシの言うこの間というのは間違いなくナルトの前でセックスしたことだろう。
はっきり言ってあの出来事は刺激があるとかないとかそういう次元を遙かに凌駕した出来事だ。少なくともイルカにとっては。あんな刺激、もう二度と勘弁被りたい。
それだというのにカカシときたら何をいきなり言い出すのやら。
最初はいやだとカカシも言っていたというのに。ナルトの前でやるなんてねー、みたいなことを言っていたのに。
「刺激なんて結構ですよ。この前みたいなのはもう勘弁してください」
くいと酒を煽りイルカはカカシの頭をもう一度叩いた。
「いや、この前みたいな公開セックスはオレももう勘弁して欲しいですけど、そうじゃなくてね。最近薬使ってみたり道具使ったり野外でー、とかないじゃないですか。よく考えたら」
はい?カカシの台詞が即座に脳内で理解出来なくてイルカはそれをゆっくりと反芻してしまった、迂闊にも。
薬、とか、道具、とか、野外、とか。ゆっくりと、しかもそのときの色々な状況まで反芻してしまったのだ。
かぁ、っと頭に血が上る感覚。あられもない自分の台詞とかカカシの声とかそういうのを思い出してしまった。
確かに5年も付き合えばそれなりに色々試したりもするし、まぁ、そういうのだってたまにはいいと思うけど、そりゃ若かったからだとイルカは思う。
今が若くないとかそうは思わないけれど、ちょっともう落ち着いてもいい年齢なのは確かだろう。ましてやそんな激しいセックスなんて。なんて。ていうか。
「イルカさん顔真っ赤。なーに想像してんの?やーらし」
頬に伸びてきた手を叩き落として、イルカは未だ膝の上乗せられたままの頭をぺしぺしと叩く。
「何バカなこと言ってんですか!このバカ!」
べちべちと叩きながら赤い顔のまま怒るイルカににやにやといやらしい笑みを浮かべたままカカシは、痛いですぅ、などと甘えた声を出していた。
「そんなに叩いたらホントにバカになっちゃいますよー。ねぇ、イルカさん、折角明日休みなんだしさ、今日そういうのしようよ」
「何言ってんですか!しません!ていうかするわけないだろ!」
ぞんざいな口調で言い放てば頭を叩いていた腕を柔らかく止められる。
「ねぇ、駄目?」
不意に人差し指に口付けを落とされてイルカはぎくりと身体を強ばらせた。低められた声、誘う、カカシの、それ。
「だめ、です」
急にのどが渇いた気がしてイルカはこくりと小さく唾を飲み込む。
掴んだ腕はそのままにゆったりとカカシはその身を起こした。近付く顔。キスされるんだ、と思ってイルカはうっかり目を閉じそうになった。
けれど。そうじゃない、違う。
このまま今日ここで流されたら久々に何をされることになるのか。自分の理性の盛大な叫び声にイルカははっと我に返った。
「ダメったらダメですー!」
近付く顔をぐいと押し遣ってイカはカカシから身を離した。
「ちぇー、ダメですか?イルカさんのケチ」
離れたイルカの体温を惜しむようににじり寄りながら、カカシは不服そうに口をとがらす。
もういい大人なのにひどく子供っぽいその仕草にイルカは思わず笑った。
「ダメです」
笑いながら言えば、ちぇ、ともう一度呟いて今度は正面から抱きつかれる。
「あーあ、折角薬もらってきたのに。酒に混ぜちゃえば良かったかな」
擦り寄りながら子供っぽい口調でとんでもないことを呟いたカカシを、イルカは反射的にまた叩いてしまった。
「いてっ」
「バカなことばっかり言わないでください。そんなことしたら当分お預けですよ」
もう、と怒るイルカをきゅうと抱きしめてカカシはもう一度ちぇ、と言った。
「でも、薬、どうしましょ?折角あるのに捨てるの勿体なくないですか?サスケにでもやるかなー」
呟きを聞き咎めてイルカが口を開こうとしたその時、カカシの筋肉に緊張が走ったのが分かった。
「どうしました?」
ぴんと、空気が強ばる。
「何か、近付いてくる」
イルカを護るように胸に抱き込んで、そうしてカカシは小さく印を切った。イルカもカカシの腕の中で緊張に身を固くする。
「里内で敵襲…?しかもこんなに分かりやすく気配を隠そうともしてない」
呟くイルカのすぐ側から小さな犬が躍り出て、そうして部屋の隅にあるカカシの刀を銜えて戻ってきた。
そのまま姿を消すことなく、主人達を守るべくその前で警戒態勢を取る犬を見ながらイルカは徐々に近付くその殺気に神経を研ぎ澄ませた。
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