受難の日
襖を開ければ真っ赤になって情けない顔をしているナルトにぶつかった。取りあえずカカシはそれをトイレに放り込むと、イルカを抱き上げて風呂に連れて行く。
イルカを風呂に残してカカシはざっと自分の身体を拭くと、後始末を始めた。布団を片付け終わった頃情けない顔のままのナルトがトイレからようやく出てくる。イルカもそろそろ出てくるだろう。
ホントは二人で入りたかったのに、と思った。トイレから出て来て二人ともいなかったらいかにナルトでも居心地が悪かろうと思って一緒にはいるのは諦めたけれど、この状況もどうだろうと思う。
先ほどのちゃぶ台の前にどかりと座り、所在なさげに立ったままのナルトに取りあえず座るように指示をした。ぺたりと座ったナルトはカカシと視線を合わせようとはしなかった。
合わせようとしないのかそれとも合わせられないのか、視線はうろうろとあちらこちらを彷徨っている。
「で、どうだったの?ナルトのいう不安とかやらは解消出来たわけ?」
カカシの問いにしばらく悩んだあと、ナルトはようやくこっくり頷いた。
「そう、そりゃ良かったよ」
そうしておもむろに訪れた沈黙。気まずく重たい沈黙にカカシは逃げ出したい気持ちで一杯だ。
風呂場の方からはざあざあとシャワーの音が聞こえている。ナルトなんざ放り出してあそこに逃げ込んでしまおうか。カカシが不埒なことを考えたその時、ぽつりとナルトが問いを落とした。
「あのさ、カカシ先生…。喘ぎ声とかってやっぱり上げた方がイイのかな…」
結構真剣な顔で聞かれてカカシは吹き出しそうになる。ナルトみたいなのは酒の勢いとかに任せてさっさとやっちゃった方がいいんじゃなかろうか。薬とか。初めてなのに、そりゃあんまりか。
どうにも可愛らしい質問に吹き出すのをようやく堪えてカカシは答えた。
「別に演技で喘がれても嬉しくはないねぇ。素直に感じてくれりゃあそれでいいし、気持ちよくて喘いでくれればもっと嬉しい」
揺れる瞳でカカシを見るナルトにふと笑みが漏れた。
「そんなに気負うな。なにも緊張してるのはオマエだけじゃないさ。サスケだって多分同じくらい緊張してると思うぞ」
そう言ったカカシの言葉にナルトは驚いたような顔をした。
「……そうなのかな…?」
「そうそう、オレだってイルカさん抱くときはいっつも余裕無いしね」
ホントはもっと余裕でいたいのに。喰い締める熱い襞とか、濡れた瞳とか掠れた声とかもう色々。余裕なんてそんなものたちにどんどん剥ぎ取られてしまう。
「結構余裕っぽく見えたけど…」
またしても驚いたように言うナルトにカカシはわずかに苦笑した。
「余裕無いヨー。もうね、何年たってもがつがつしちゃってどうしようもない」
昔ほどにいつもいつも貪りたい訳じゃないけどでも駄目なのだ。イルカがそこにいるだけでいつだって煽られてしまう。
苦笑してぺたりとちゃぶ台に頬を付ければ、風呂場から聞こえていたシャワーの音が途絶えた。まだ何か聞きたそうにしているナルトを遮って、カカシは立ち上がった。
「あとはイルカ先生に聞きな」
「…うん」
頷いて俯いた子供は大きなナリをしていても、どこか出会った頃の不安定さを抱えているみたいだった。
風呂場に逃げ込んできたカカシと交代でナルトの前に戻る。はっきり言ってどういう顔をしていいのかイルカにはさっぱり分からなかった。
そりゃ分からないだろう。教え子の前でわざわざセックスをしたのだ。どうにもこうにも恥ずかしいとか恥ずかしくないとかそういう次元をとうに通り越している。
湿った髪を拭きながら居間を覗けば、ちゃぶ台の前に所在なさげに座るナルトが目に入った。仕方なく腹を括ってイルカはその前に座る。現れたイルカをじっと見つめてナルトは小さな声で聞いた。
「イルカ先生はさ、不公平とか思ったことないの?」
「何がだ?」
ナルトの瞳はゆらゆらと揺れている。この不安定さは身体を繋げていないからだろうと思う。しっかりと抱きとめてもらえばいいのに。なにものをも不安に思わないくらいきつく、しっかりと。カカシが自分にそうしてくれたように。
「例えば抱かれるんじゃなくて抱きたいとか…」
ナルトの不安は痛いくらいに分かった。受け入れる不安。肉体的にも精神的にも女役をさせられる事への不安と不満。けれどそれが些細なことだと気が付かなくては駄目だ。
「そうだなぁ…。あー、そのな、実はカカシさんを抱いたことあるんだ。一回だけだけど」
言ってもいいのかどうかイルカはほんの少しだけ迷ったけれど、結局そのことを口に出した。昔、カカシが自分を受け入れてくれたときのこと。
「え!なんで?マジで?!そ、それで、何で抱いたんだ?そんでなんで今は抱かれてんだってばよ!?」
もっともなナルトに質問にイルカは小さく笑った。
「うーん、何でって言われてもなぁ。最初はオレも抱かれることに抵抗があってな。で、まぁ、カカシさんにオレばっかり犯られるのは不公平じゃないかって詰め寄ったら、じゃあ抱きますかって言われてなぁ。それで抱いてみたんだけど…」
たった一度きり。組み敷いた身体は自分と同じ男の身体だったけれどひどく愛しかった。
「けど?」
言葉を句切ったイルカにナルトは先を急かすように水を向けた。
「なんかな、気が済んだっていうか」
そう、気が済んだんだろうと思う。いざとなればカカシが抱かれてくれるのも分かったし、何より。
「なんて言うんだろう。オレは愛してあげたり可愛がってあげたりするよりも多分愛されたり可愛がられたりする方が向いてるんだなー、って」
言いながらイルカは恥ずかしくなって顔を赤らめた。なんかもう行き着く所まで行っちゃってるから、ぼろぼろと言わなくてもいいことまで言ってるんじゃないだろうか。
「まぁ、そのなんだ。適正の問題だろ」
抱かれる方が気持ちいいし安心する。第一すごく積極的にカカシを組み敷こうとか思えないのだ。気が付いたらカカシに組み敷かれている。
カカシを抱いてからいろんな事が吹っ切れたのは確かだけれど、多分抱かなくたっていつかはこれが適正だったと気が付いたと思う。
「……なんか、先生たちってちょっと羨ましいってばよ」
「ん?」
「ちゃんと解り合ってるぽいっし、セックスしてるときとかもなんかスゲェ幸せそうだったし、イルカ先生超綺麗だったし、オレとサスケも先生たちみたくなれんのかな…」
どこかしょげたように呟くナルトにイルカは苦笑した。
「先生たちだって別に全部解り合ってるわけじゃないさ。喧嘩も多いし、腹の立つことなんてしょっちゅうだしな」
けれど、確かにカカシといると幸せなのだけど。カカシがいないと淋しいし、好きだから腹も立つ。不安げに瞳を上げたナルトに苦笑したままイルカは言葉を続けた。
「でもまぁ、幸せだけどな」
一緒にいるだけでも幸せだけど抱き合えばもっと幸福感が募る。愛されていると全身で感じるから。
熱っぽく見られれば背筋が震える。皮膚一枚しか隔てていない所で感じるカカシの体温とか、匂いとか。普段は隠しているその表情を見たり見られたりすることの幸福をナルトも知ればいい。
やんわりと微笑んだイルカにナルトも情けない顔のまま笑った。
「先生、ありがとだってばよ。なんか大丈夫っぽくなってきた」
そうしてにぱりと笑ったナルトをイルカは送り出すためにようやく立ち上がった。
「オマエ今日のこと絶対誰にも言うなよ」
念を押すようにいえばナルトは、当たり前だってばよ、と笑う。
「サスケにも、だぞ」
もう一度念を押せばどこか不服そうな顔をする。こういう所は昔と全然変わらない。
「言わねーってばよ。でも先生意外と色っぽいんだな。普段とあんまり違うからビックリしたってば」
からかうようなナルトの言葉に、イルカは赤くなってごちりと頭を殴った。
「いってぇ!」
「余計なこと言ってないで早く帰れ!あともう二度とこんな事はしないからな」
ため息混じりにそう言えばナルトはちょっと真面目な顔をした。
「うん、無茶言って悪かったってば。イルカ先生、カカシ先生にもお礼言っといてくれってばよ」
「あぁ」
頷けばナルトはじゃあな、といって駆け出していった。その背中に小さな頃のナルトが被さる。遠ざかった背中を眺めていたら不意に背後に体温を感じた。
「帰りましたねぇ」
べったりと背中に張り付くカカシに驚くこともなくイルカはそうですね、と答えた。肩に当たる髪の毛はまたいい加減にしか拭かれていない。
「アンタはホントに人のいうことを聞く気があるんですか?」
玄関の扉をきっちりと戸締まりしてイルカは身を捩った。肩に掛けられたタオルでがしがしと髪の毛を拭えば嬉しそうに笑うカカシにぶつかる。
「オレもイルカさんと一緒にいられて幸せですよ」
そう言って笑う顔は本当にひどく幸せそうでイルカは眉を寄せた。勝手に頬が火照るのは仕方がない。もうなんだってこの人はいきなりそんな風に。
「いつから聞いてたんですか」
シャワーの音が結構早く聞こえなくなっていたのは知っていたけれど。
「それは秘密ですー」
くすくすと笑って口付けられても、イルカは避けたりはしなかった。
「まー、でも今日はとんだ一日でしたねぇ…」
あらかた拭い終わった髪の毛から手を放すとやんわりと抱き寄せられる。ため息混じりに呟いたカカシにイルカも小さく溜め息を吐いた。
「確かに、すごく疲れました」
首に手を回し甘えるように擦り寄れば抱きしめる手が強くなる。本当にわけの分からないひどく疲れた日だったとイルカは小さく息を吐いて、そうしてゆったりと目を閉じたのだった。
* * *
それから数日後。
案の定あっさりとナルトはサスケにことの顛末をばらしてしまった。
教師であるイルカがナルトとカカシと並んで、元教え子のサスケに倫理観とかモラルについてがみがみと説教される羽目になったり、サスケとナルトの初体験の赤裸々な話を延々と聞かされたり、カカシとイルカの夜の生活についてナルトから事細かに質問されて困ったりするのはまた別の話。
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