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受難の日




 そう言ってナルトが始めた話は、かいつまんで話せばこういう事だった。
 曰く。ナルトはサスケに三ヶ月ほど前に好きだと告白されて付き合うことになったらしい。だがしかし。とっくに上忍試験をパスしていたサスケはともかく、その頃といえばナルトは昇格試験の直前だった。
 忙しいし、好きだ嫌いだのに重きを置いている場合でもない。ひとまず試験の結果が出るまでは以前と変わらない付き合いだったとかなんとか。無事試験に合格して、そうしていざ付き合いが始まったのが一月前。



「キス、とかは全然平気なんだってばよ、でもさ。その、いざさ、その…」
 口籠もるナルトの話は大変分かりづらかったけれど、結局はカカシの言った通りだった。付き合いが始まって、やはりここは自然な流れとしてセックスするとかしないとかいう話にもつれ込んだ。この場合、どうやらサスケが抱く方でナルトが抱かれる方らしい。
 で、あーだこーだでナルトがあんまり怖がるからなかなか先に進めないのだという。そうこう揉めているうちに、サスケにうまい具合に任務が舞い込んだ。この任務どうやら二週間程度かかるらしく、そうしてナルトはサスケに宣言された。
 帰ったらなにが何でもお前を抱く、とか何とか。
「あ、明日が帰還予定日なんだ…。イルカ先生、俺どうしたらいいんだってばよ」
 へにゃりと眉を下げて、非常に情けない顔でナルトはそう締めくくった。一通りの話を聞いて事の顛末は理解したけれども、それで一体自分にどうして欲しいというのだろうか。
 どうするもこうするも、自分が口出しするような問題でもないような気がするのだが。小さく溜息を落としてイルカは伸ばしていた背筋を弛緩させる。だらりとカカシに寄りかかってやれやれとナルトを見た。
「そもそもナルト。お前、サスケとセックスしたいのか?それともしたくないのかどっちなんだ?」
 こういう事は悩んでも仕方がない事だ。意外にあっさり身を任せてしまえばなんて事ないということだと思う。
「それは、その、別にしたくないって訳じゃないんだけど…」
 もそもそと口の中で呟くように答えたナルトにイルカは畳みかける。
「じゃあ、聞くけどサスケに抱かれるのがイヤなのか?それともサスケを抱きたいって思ってんのか?」
 問いかけたイルカの言葉にナルトはまた赤くなる。なんというか、見る限りでは多分ナルトは漠然と自分が抱かれることを想像しているように思えるのだが。
「イヤ、その、別に抱きたいとかは思わないんだけど、抱かれるって事になると、その…。俺ってばそういう経験ないし、どうしたらいいのか分かんなくって。話聞いたらスゲエ痛いとかっていうし、それになんかサスケに幻滅とかされたらやだな、とか。その…」
 相変わらずもごもごと話すナルト。もごもごと言い訳のような台詞を呟き続けるナルトは伏せていた視線をちらりと上げて、カカシに凭れるイルカを捕らえた。
「あのさ、イルカ先生。カカシ先生に抱かれる時って怖かったり痛かったりする?」
 目を潤ませたままナルトは必死な顔をしてイルカを見た。露骨であからさまで、けれど切羽詰まった質問にイルカは言葉を失ってしまう。
 そういう相談だったのか。何にもないのに噎せそうになってイルカはひくりと喉を震わせた。
 ちょっと待ってくれ。そんなことをカカシの目の前で言わなくちゃならないのか?それだけは勘弁してくれないか。恥ずかしいし、この男がまた調子に乗るじゃないか。
 否定の言葉を吐けばナルトはますます怖がるだろうし、だからといって肯定の言葉を吐けば背中にへばりつく物体がなにをやらかすか分からない。
 不安に満ちた瞳にひたりと捕らえられたまま、イルカはまたしてもイヤな汗が背中を伝ったのを感じた。
「やっぱ、痛かったりするの?」
 答えを返さないイルカにぽつりとナルトはもう一度問うた。
 あぁ、そんな目で俺を見ないでくれ。真実を話すべきなのは分かっている。恥ずかしかろうがなんだろうが、頼ってきてくれた教え子を無下には出来ないし、何より嘘はよくないだろうから。
 でも、しかし。抱きしめる腕の力がほんの少しだけ強くなったのを知っているから答えたくないけれど、でも。
「……怖くないし、痛くもないよ。どっちかっていうと安心するし気持ちいいかな」
 あぁ、恥ずかしい。なんだってこんな事を真面目に答えなくちゃならないんだろうか。後ろのカカシは嬉しそうにぎゅうぎゅうと抱きしめてくるし、鬱陶しいったらない。心持ち顔を赤くしてイルカが答えれば、ナルトはまだ訝しむような目でこっちを見ていた。
「ホントにホントに安心で気持ちいいのかよ」
 ナルトが疑う気持ちも分からないでもないが、こんな事で嘘を付いても仕方がない。
「ホントにホント」
 けれどナルトはまだじっとりとイルカを見ていた。そりゃこの状況で怖くて痛いです、という人間はいないだろうけれど事実は事実だ。
 カカシに抱かれることは別に怖くも痛くもない。ただ恥ずかしいだけだ。いやらしいことを平気で言うし、恥ずかしくて死にそうな格好を取らされたりするから。思い出しそうになった色々にばくりと蓋をしてイルカは熱くなった頬を少し擦った。
「じゃあさ、だったらさ、見せてくれってばよ」
「は?」
「だからさ、イルカ先生がホントに痛がったり怖がったりしてない所見せてくれってばよ!」
 はいー?!
「な、なに言ってんだナルト!オマエ正気か?!」
 正気っていうかオマエなんでそんなに目が据わってるんだよ。カカシに抱きかかえられたままのどう考えたっておかしい格好をしたイルカをじっとりと見つめたままナルトはわめいた。
「正気かどうかなんて分かんないってばよ!でもさ、もう俺も訳分かんねーんだよ。なんかもうどうしていいのか分かんないし、イルカ先生が痛くない所見たら平気くなるかもしれないじゃんよ!」
 平気くなるかもってアホかオマエ。そんなこと見ても見なくても変わるもんか。
 ばくばくと心臓が脈打っている。相変わらず背中にはあんまりたちの良くない汗が伝っていた。
「だ、だからってオマエな、よく考えてみろ。オマエ先生たちがセックスしてる所見せろって言ってるんだぞ?そりゃ無茶苦茶だろ」
 必死でイルカが諭した言葉も全然ナルトには届かなかったらしい。今度はしおしおと大人しくなって、しょんぼりと俯いた。
「無茶苦茶でもなんでももう何でもいいから踏ん切りが欲しいんだってばよ…。なぁ、先生お願い、頼むよ」
 切羽詰まっているというか、もうナルト自身も煮詰まる所まで煮詰まっているのは見れば分かった。正直自分でもどうしていいのか分からないのだろう。
 が、だがしかし。だからといってヤッてる所を見せろっていうのは無茶だ。無茶というか無理だ。恥ずかしい云々の話じゃないだろう、それは。
 ていうかそんなもん第三者に見せるなんて露出狂じゃあるまいし。助けてくれ。縋るように見つめるナルトの視線に堪えきれなくなって、イルカは苦し紛れにカカシを見た。そう、こればっかりはイルカの一存でどうこう出来る問題じゃない。
 セックスは二人でするものだ。いくらイルカがうんと言ってもカカシが頷かなければこの話は流れる。流れるというか打ち止めだ。
 あぁ、でもこの人普通にうんとか言いそうだよな。うん、別にいいよ、とか。
 どうしよう。どうしたらいいんだー。
 悲嘆にくれて振り返れば、思いがけないカカシの驚いた顔にぶつかった。珍しい、カカシが驚いている。驚くカカシなんて結構長い付き合いだけれど数えるほどしか見たことない。
「カカシ、さん?」
 驚いた顔をさらしたままのカカシにイルカは小さく問いかける。イルカの問い掛けにカカシはようやく我に返った。
「あ、あぁ、ハイ。なんですか?」
 大体からして人の心を読むことに長けているカカシがこんな風に驚くなんて、やっぱりナルトのお願いは常軌を逸している。と思いたい。
「なぁ、カカシ先生も頼むってばよ」
 ナルトは強張ったまま至極真面目な顔をしている。そんなことを真剣に頼むな。思い詰めたようなナルトにカカシはがりがりと頭を掻いた。
「別にそんなに抵抗あるならセックスしなくてもいいじゃない。オマエが抱かれるのがヤならサスケに抱かせてくれって頼んでみるとかさ。ヤらなかったら恋人じゃなくなるとかそういうもんでもないし」
 ごくごく全うでまともな意見をカカシが口にしている。驚いた顔のカカシよりも珍しいものを見たような気がして、イルカはまじまじとその顔を見つめてしまった。
「でも、でも俺だってサスケのこと好きだし、セックスだってイヤって訳じゃないし、でも自信ないし、だからってサスケのこと抱きたいかって言われたらそういうわけでもないし、だから、でも抱かれるのも恐いっていうか、その、だからさ、先生たち、頼むってばよ…」
 もはやなにを言っているのかよく分からないような状況である。ただ、イルカとカカシに分かったのはナルトはナルトなりにサスケのことが好きで、だから必死なのだということだけだった。
 どうしてそれがセックスを見せろとかそういう話になるのかはいまいち理解不能だが、ナルトの中では一つの解決法なのだろう。でも、だからって、どうするよ。見上げたカカシはほとほと困り果てたような顔をしてイルカを見下ろしていた。
「どうします、イルカさん。オレとしては断りたいんですけどね」
 てっきりあっさり承諾するかと思われたカカシは、驚いたことに否定の言葉を口に上らせている。驚いたイルカの心中を察したのかカカシは言葉を続けた。
「オレはね、いくらナルトでもイルカさんのイイ顔を見せるのは勿体ないなーと、思うわけですよ。折角オレしか知らないイルカ先生なのにね」
 冗談のようにくつりと笑ったカカシは、けれど結構真剣な目をしていた。もっと道徳的な理由かと思いきや、それが理由か。
「まー、あんたに任せますよ」
 寄りかかったイルカを抱き直して、カカシは無責任にも選択権を放棄した。待ってくれ、そんな重大なことを丸投げするな。
 目の前ではじっとナルトがこちらを見ている。そんな必死な目で見るな。そんな風に縋るように見ないでくれ。別にカカシ先生と俺のセックスを見たからってオマエの悩みは解決しないぞ。しないはず。案ずるより産むが易しって言うだろ。実際やってみた方が早いって。
 沢山の、本当に沢山の否定の言葉が胸を埋め尽くしていたけれど、ナルトの真剣な眼差しに晒されたイルカにはそれのどれ一つとして音に出すことは出来なかった。救いを求めるように後ろを見てもカカシは完全に傍観を決め込んでいる。
 なんだよ、それ。ひどいじゃないか。心の中で喚いてもカカシに何ら伝わることはない。もちろんナルトにも。
 ぐるぐると回る思考でイルカはどうしていいのか分からないまま、ちょっと泣きそうになっていた。



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