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 塔に幽閉されてから二日の時が経っていた。午前中に必ず一度王がやってくる。優しい言葉を囁き、そうして特に何をするでもなく帰っていった。一番心を疲弊させるやり方だ、とイルカは思う。
 イルカの扱いは丁寧だった。暴力を震われることもなく食事もきちんと与えられる。部屋にはふんだんに書物も置かれ、広いバルコニーもあつらえてある。圧迫感を感じることもないほどに部屋は広かたが、逃げ出す術もなかった。
 部屋は北の塔の一番上にある。部屋に扉はなく、下に続く階段が付けられているだけだ。バルコニーはあったが飛び降りることが出来るほど低い位置ではない。
 この二日間暇に飽かせてイルカは部屋のあらゆる所を調べ回っていた。まずは床に備え付けられた階段に通じる扉。ここは鍵もかけられておらず自由に出入り出来たけれど、ここから脱出することは不可能だった。
 扉を開けるとすぐに人が一人通れるくらいの石造りの螺旋階段がある。
螺旋階段は天井から壁まで全て石でぴっちりと覆われ、蟻の子一匹はいる隙間さえない。そうして螺旋階段が途切れたところには分厚い鉄の扉がはめられていた。当然鍵がかけられている。
 三度の食事と王が来るときだけ開けられるが、最初の日に逃亡を試みたときそこをくぐり抜けても脱出が到底不可能なことが分かった。扉の向こうには人が通り交い出来るほどの幅の石造りの廊下があり、その奥にまた扉。もちろん扉には衛兵が張り付いている。そうして奥の扉の向こうにも衛兵がいるのがちらりと見えた。
 この最初の逃亡は一枚目の扉の所にいる衛兵にあっさりと捕らえられ、失敗に終わった。
 特に縛られるわけでもなくそのまま部屋に戻されたことは王の自信のほどを見せ付けられて、腹立たしいことこの上ない。
 部屋から出られないこと以外は自由だ。そうしてイルカは次に扉以外の場所を隈無く見回った。バルコニー。下を覗けば目眩がした。飛び降りたら間違いなく死ぬだろう。部屋にあるシーツやカバー、カーテン果ては絨毯を引っぺがしてつなぎ合わせても多分地上までは届かない。やってみてもよかったが、そんな距離を無事降りきる自信もなかった。
 では、と思う。暖炉は?そう思ってみたけれど、暖炉なぞ上には通じていても下に通じているはずがない。これ以上上にのぼっても意味がないのは明白だった。
 では、下に降りるなら床はどうか、と思う。絨毯を引っぺがし剥き出しの床に這い蹲ってみても床もまた綺麗に組み合わされた石が覗くだけだった。爪を引っかける隙間もない。下げられていない昼食の食器の中にバターナイフがあったのを思い出しイルカはそれで床の継ぎ目を削ろうとしてみたが、それも路頭に終わる。随分固い石を使っているのだろう。しばらくするとナイフの方が根本からぽっきりと折れてしまった。
 正攻法に近いやり方では脱出は不可能そうだと思う。どうしたらいいのか全く分からない。ため息をつきイルカはその日は疲れ果てて眠ってしまった。
 眠って落ち着けば少しはこの頭も回転がよくなるかと思って。そうして翌日、前日と同じように午前中に訪れた王は、退屈ならば話し相手を与えよう言った。皮肉もいいところだ。イルカはそれを辞退したが打開策がないことに変わりなかった。
 まだ二日目だというのにじわじわと焦りばかりが身を急かす。一生ここから出られないまま閉じこめられてしまうのではないかと。
 そればかりが。もう二度と、カカシに会えないのではないかと、そればかりが。
 こんな状態で自分の精神がどこまで持つかは疑問だった。逃げ出さなければ、と思うけれどあれだけ王が自信たっぷりに言い放っただけあって、この塔には隙がなさ過ぎた。
 今朝王に言われたことを不意に思い出して、イルカは目蓋を閉じる。第三王妃の位が空いている、と王は言った。朝食後不意に塔に上ってきた王は第三王妃の位が空いているぞ、とイルカに告げたのだ。
 このまま王の要求を無視し続ければ、そういう手段にさえ出ても構わない、と暗に告げている。それだけは、我慢ならない。
 午後の光が燦々と降り注ぐ室内で何もする気が起こらず、イルカはぼんやりとベッドに横たわっていた。そうして手首を持ち上げ、日の光にきらきらと輝く腕輪を見つめる。
 カカシさん。思い出すのは愛しい面影。銀の髪の優しい人。砂漠の、人。同じ辺境で産まれた人。イルカの唯一無二の、人。会いたい、と思った。痛切に思った。これほどまでに逢いたい人はたった一人。
 目蓋を閉じて腕をベッドに投げ出せば、しゃらんと腕輪が鳴った。開け放たれたバルコニーからは海風が吹き込んでいる。まとわりつくような潮の香り。
 不意に窓がかたんと音を立てた。風にあおられたのか気まぐれに鳥がやってきたのか。
 音の出所を確かめようと緩やかに身を起こせば、そのまま身体を抱きしめられた。何が起こっているのか。呆然としたままのイルカの耳に飛び込んできた声。
「ただいま」
 ベッドに押しつけられた上、攫い込むように抱きしめられていて顔が見えない。けれど。この、声。この声は。
「カカシ、さん?」
 何かを思うよりも早く、眦から涙が溢れた。
 堅い腕の感触。伝わる体温。信じたくて、でも信じられなくてイルカはそっと抱きしめている人の胸を押した。イルカの意図が伝わったのか、いとも容易く離れていく身体。そうして、イルカは改めてその人物を確かめる。
「ただいま。遅くなりました。ごめんなさい」
 目を細めてイルカを見下ろすその人。銀の髪、空を溶かし込んだ灰色の瞳。少し痩せたような気がする、その顔。知らず身体が震えた。
 涙でけぶる目を瞬かせてイルカはその顔を指で辿る。覚えている何もかもの一つも欠けることなくカカシがそこにいた。カカシが、そこに。
 恋い焦がれたその存在。ぼろぼろと涙を零すイルカの頬を堅い手の平がそっと拭う。
「カカシさん」
 うわごとのように名を呼ぶイルカにカカシはそっと口づけを落とす。乾いた唇の感触がしても、都合のいい夢を見てるんじゃないだろうかとイルカは思った。
 唇を吸われ歯列を辿る舌を口内に迎え入れる。滑るカカシの舌がイルカの舌を絡め取る。知っている口付けの仕方だった。一年も前に教わったキスのやり方。上がる体温を持て余しながら、本当に夢じゃないんだろうかとイルカはぼんやりと思う。こんな夢はこの一年の間に何度も見たから。
 気が付けばそこは自分のベッドの上で、隣にカカシはいなくって。それが現実なんじゃないだろうかと。あまりにも想いが強すぎて幻を見てるんじゃないだろうか、と。絡め取られ啜られ息も絶え絶えになるまでキスをされても、イルカの思考はどこかカカシの存在を危ぶんでいた。
 身体はとっくに高ぶっている。けれど思考がついて行かない。カカシの不在にならされた心は、その存在を瞳に映し出してもどこか戸惑っているみたいだった。
「カカシさん」
 唇が離れた隙にイルカはその名を唇に乗せた。名を呼ぶだけで愛しさが込み上げてくる。新たに頬に伝った涙をカカシの唇に掬い取られた。
「うん、イルカさん。もう大丈夫。大丈夫だから。ちゃんと還ってきたよ。あなたの元に」
 名を呼ばれるだけで魂が震えた。あぁ、カカシがここにいる。柔らかなカカシの髪に震える手を伸ばせば、途中でその手を硬い手に掴まれた。剣を握るカカシの手の平だ。
 そっと引き寄せられ指先にキスを落とされる。そうしてカカシはゆっくりとイルカから身を起こした。離れていく体温が悲しい。手を伸ばせばもう一度手を取られ、あやすようにその先端に口付けられる。そうしてカカシは身につけていた荷物を床の上に放り出すと、自らの上着をばさりと脱ぎ捨てた。
 露わになる鋼のような体躯にイルカは自らの欲望が首をもたげたのを感じていた。あの身体に抱きしめられたときのことが脳裏に蘇る。この身体を辿るあの硬い指の感触さえ、はっきりと思い出せた。
 イルカも自らの着衣を脱ごうとするが、手が震えて指が滑る。思うように動かない身体にもどかしさを感じていたら、もう一度手を掴まれた。
「やってあげるから大人しくしておいで」
 指先を甘く噛まれ、そうしてカカシはもう一度キスをくれた。隠すもののないカカシの身体の中心で、すでに性器は勃ちあがっていた。カカシが欲情している。そのことに例えようのない幸福を感じて、イルカは口付けるカカシの頭を引き寄せた。カカシがこの手の中に戻ってきたのだ。
 口付けられながら着衣を全て剥がされ、素肌が触れあう。イルカの性器もとっくに濡れて勃ち上がっていた。唇が離れ、瞳を覗き込まれる。カカシの目の中に燻る情欲にイルカは焼き尽くされそうだと思った。
「ゴメン、全然余裕ない」
 舐めて。そう言いながらカカシはイルカの唇にその硬い指を含ませた。そうしてもう片方の手をイルカのペニスに絡ませる。久々にもたらされた直接的な刺激にイルカはびくりと身体を震わせた。カカシの硬く平べったい指先がイルカの括れをなぞる。とろりと透明な液が零れ始めイルカは甘く鳴いた。
「ん、っふ…」
 袋をまとめて揉み込まれ滑る液体を纏わせながら先端を撫でられれば、猛烈な射精感が襲ってきた。カカシと離れてからろくに自慰さえもしていなかった身体は、触れる感触に呆気なく陥落する。あっという間に追いつめられ、限界がもうすぐそこまで来ていた。
「んっんんっ…!」
 指先で舌をこねくり回され、そうして歯の裏側を撫でられる。性器を扱かれぐりぐりと先端を弄られて、イルカは我慢することも出来ずに精を吐き出した。思わず噛み締めてしまったカカシの指。こぼれ落ちた生理的な涙を舐め取られ、イルカは歯形の残った指先が咥内から引き出されるのをぼんやりと眺めていた。
 イルカの唾液とそうして吐き出された精液を指に纏わせて、カカシは力の入らないイルカの足を持ち上げた。あぁ、と溜息が漏れる。精を放ったばかりのペニスが期待にむくりと勃ち上がり始めていた。
「ちょっと待ってね」
 小さく期待に身を震わせたイルカに気付いたのだろう。カカシは柔らかく笑みを浮かべると持ち上げた足の内側をきつく吸い上げた。そうしてイルカの後口に塗れた指先が押し当てられる。自らの精液で塗れたそこを撫でるように何度かさすって、それからカカシは指先を潜り込ませた。
 開かれる身体にぞくぞくと快楽駆け抜けた。あの熱で身体を埋め尽くされる快楽をイルカは知っているから。きゅうとざわめく内壁がカカシの指を食い締めたのが分かった。
 あぁ、そこにもっと熱くて太いものが欲しい。身体がそれを欲している。
「カカシさん…はやく…」
 覚束ない手を伸ばせばカカシは口付けをくれた。カカシの指はイルカの中を探るように奥へと進んでいく。くち、と粘着質な水音が聞こえて、イルカの鼓動は上がった。
「まだ駄目だよ。オレも我慢してるんだからあんまり煽らないで」
 くちくちと音をさせながらカカシの指は最奥を目指す。優しくされるよりも早く身の内にその熱を取り込みたかった。乱暴でも痛くてもいいから。二本に増やされた指に少しの痛みを覚えたけれど、イルカはカカシを誘った。
「…っねぇ、いいから…はやく…」
 息が上がる。脳が溶けそうだと思った。内部をかき回す二本の指を食い締めながら、イルカはカカシを誘う。心の喪失は、きっと身体の喪失を埋めなければ埋まらないから。
 潤んだ目で見上げれば、カカシが息を呑んだのが分かった。
「もう、アンタって人は…。オレの努力を台無しにして…」
 ずるりと指が引き抜かれ、そうしてカカシの怒張したペニスがイルカのひくつく後口に押し当てられる。火傷しそうに熱いそれに貫かれる期待にイルカの身体が震えた。息を吐き力を逃した瞬間に、ぐぬりと先端が埋め込まれた。
「うっ…ぁっ…!あぁぁっ…!」
 びりびりと後口が痛みを訴える。久々に呑み込むそれは思った以上の質量をもってイルカの中へと進入してきた。
「息、吐いて…っ!」
 足を抱え直しずるずるとペニスを埋め込みながら、カカシが荒い息を吐き出す。懸命に息を吐き出せば、ずるりと奥へ入り込むカカシ。
「痛い?…大丈夫…?」
 宥めるように肩を撫でられ頬をくすぐられて、イルカは大きく息を吐き出した。こんな時でもカカシは優しかった。全然大丈夫じゃなんてなかったけれど、イルカはこくりと頷いた。もっと欲しかったから。カカシが。
「だいじょうぶ…、だから…」
 必死に言い募ればカカシは泣きそうな顔で笑った。
「もうホントにあなたって人は…」
 言ったまま足を掴み直し、カカシは一気にイルカを貫いた。イルカの尻にカカシの下生えが触れる。考えられないくらい奥まで広げられ埋め尽くされて、イルカは荒い息を吐き出しながら涙を零した。あぁ、カカシと繋がっているのだ。腕を伸ばせば担ぎ上げられていた足が下ろされ、そうしてそっと抱き寄せられる。
 ずくずくと後口は痛みを訴えていたけれど、それ以上にイルカは安堵してた。抱きしめられ埋め尽くされ所有されているという例えようもない安心感。イルカの全てを所有するたった一人の人がイルカの元へと還ってきたのだ。ふう、と息を吐き出せば、頬に口付けられた。
「動いても大丈夫?」
 そうしてカカシが気遣わしげにイルカの瞳を覗き込む。そんなこと聞かなくてもいいのに。カカシの好きにしたらいい。この心も体もなにもかも一つ残らずカカシのものなのだから。
 頷けば身体を離され、そうしてもう一度足を担がれた。ずるりとカカシの性器が抜かれ、そうしてまた差し込まれる。ず、ず、と一定のリズムで抜き差しされて、イルカは身も世もなく喘ぎ声を上げた。カカシのペニスの先端が、イルカの感じるところを容赦なく抉る。知り尽くされている身体は久々に与えられた快楽にあっという間に追いつめられ、そうしてイルカは二度目の精を吐き出した。ぎゅうぎゅうと締め付けるイルカの後にカカシも耐えきれず精を放つ。じわりと内部が熱く濡れてイルカの身体は震えた。
 還ってきたのだ。カカシは、ここに。カカシで一杯になった身体でイルカはじんわりとそのことを思い知る。あぁ、ようやく。不意に微笑みを浮かべたイルカを堪えきれないように抱きしめて、カカシはその甘い声で囁きを落とした。
 イルカの鼓膜を震わせた言葉は一番待ち望んでいた言葉。
「愛してます」
 それからはもう、激情のままに何度も貪りあうようなセックスをした。



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