「ふ…」
漏れる声が妙に甘たるくてイルカは羞恥に頬を染める。カカシの手が、指が体のあちこちを這い回るたびあられもない嬌声をあげそうでイルカは必死に唇を噛みしめた。
「声、聞かせて」
くちゅくちゅと音を立てながらイルカの乳首に吸い付いていたカカシはふと顔を上げてそう言った。伸び上がって口元を覆うイルカの手の平に口づけを落とす。舐められていたところがカカシが身を離した途端急に冷えたような気がしてイルカは思わず身を竦めた。それすらも、ひどく淫らな快感を引き出しているようで。
そんなイルカに構うことなくカカシは手の甲に何度目かの口付けを落としている。キスを落とし、舌で手の甲を舐め、そうして力の緩んだ指先を口の中に引き入れた。舐め取られる人差し指。
「…あっ……」
とっくに口元を押さえていた手からは力が抜けていた。手首を捕まれそのままもっと深く指を熱い粘膜に絡め取られる。背中がぞくぞくと震えてイルカは溜息のような甘い声をひっきりなしに漏らしてしまう。カカシの薄い唇に自らの指が呑み込まれている光景はなぜだかひどく卑猥で、そう、それはさっきまでイルカの下肢に施されていた行為とひどく似ていて、だから。そう思った途端、イルカの体はまた震えた。
「………んっ…ふぁ……あ…」
カカシの舌が指を絡め取るたびに勝手に下半身が震える。直接触られているわけでもないのに自らの性器から恥ずかしい液がとろとろとあふれ出ている事が恥ずかしくてイルカは羞恥に涙を零した。
「可愛い、もっと泣いて」
ぽろぽろと泣くイルカを見下ろしてカカシはうっとりと笑みを浮かべる。熱に浮かされたようなカカシの顔。舐めていた指をようやく解放されてイルカは小さな溜息を漏らした。降りてきた唇を受け止めると、また性器に手がかけられる。2度も達かされた体は我慢なんて効かなくて握られた途端にぶるりと放ってしまった。
「またイっちゃったの、イルカさん」
宥めるようにキスを落とされ、そうしてカカシはそのまま力を失ったイルカ自身をまた擦り始める。
「やっ、やだ……!もう、も…許して…」
達ったばかりの体にはその刺激は強すぎて、拷問のような快楽の中イルカは嫌々と首を振った。ちゅくりと音を立ててカカシがそのイルカの耳を噛みしだく。こりこりと軟骨を噛まれ、そうして鼓膜を震わす声。
「許してあげない」
笑いを含んだその声に絶望的な気分になりながら、イルカは新たな涙を零す。初めて施される快楽に耐えきれず、イルカは縋り付いたカカシの背にきつく爪を立てた。
長く執拗なセックスにイルカの意識は朦朧としていた。割広げられた足の間にカカシを迎え入れてから一体どのくらいの時間が経ったのだろう。
カカシが舐めなかった場所はないというくらい全身を愛撫され、くたくたになったイルカはもうそれで終わりだと思っていた。何度も達かされた体は重く、だるい。けれど、それで終わるはずがなかった。カカシは一度も達していない。ぐったりと身を投げ出すイルカを俯せにするとカカシは本人さえも触ったことのない尻の狭間に顔を埋めた。
指で割り広げられ舌を差し込まれる。唾液を流し込まれ、柔らかい舌で思う存分蹂躙された。イヤだ汚いやめてとイルカが泣いて喚いても駄目だった。そんな行為に、ひどく感じていたから。イヤだといいながらイルカの性器はまた立ち上がり、シーツにぽとぽととシミを作っていた。
言葉で思う存分辱められ奥を指で引っかかれたらもう駄目だった。感じるままに喘ぎを零し、そうしてカカシの長くて太いモノがずぶずぶとイルカを犯してもひどい痛みを感じることもなく。そうして後ろから獣のように貫かれながらイルカはよがってしまった。
相当我慢していたのか、カカシが放つのは早く、そうして今度は正面から貫かれる。腰を緩く動かしながらイルカを抱きしめ、キスを落とすカカシに今日何度目か分からない懇願をした。
「…カカシさん……も、許して…」
懇願を耳にしてもカカシはうっそりとした笑みを浮かべるだけでイルカの望みを叶えてはくれない。
一度目の交わりは嵐のようだった。激しく突き上げられ揺さぶられ、まるで高い所から落とされたような解放を味わった。
そうして今。熱い湯に漬け込まれたような緩やかな律動。籠もった熱は決定的な刺激に欠けてどこにも逃げようがなく、そうしてイルカの体力もそろそろ限界に近い。
汗と互いの体液でべたべたする体。精液の匂いと揺さぶられるたびに体の中から聞こえてくる水音。粘着質なその音はもう快楽を貪るイルカには聞こえているかいないか分からないけれど。もどかしい刺激が焦れったくて、もっと激しく揺さぶられたくて、そうしてイルカはカカシの肩口にがじりと噛みついたのだった。
長い執拗なセックスのあと気を失うように眠りに落ちて。そうして目覚めたとき、辺りはすっかり暗くなっていた。カカシの匂いがする枕に顔を埋めていたイルカは、隣に眠っているはずの人物を捜す。けれど、見渡した視界のどこにも目当ての人物が見つからなくて、イルカは泣きそうになった。どこに行ったんだろう。身を起こそうと力を入れた瞬間、体が軋みをあげた。
「…い…っ…!」
そのままベッドに逆戻りしてイルカは頬を赤らめる。下半身を覆う傷みの原因をありありと思い出して。恥ずかしさに呻いてずり落ちたシーツを引っ張り上げる。
よくもまぁ、あんな恥ずかしいことを。しかもまだ日の高い内から。初めてだったのに、とイルカは心の中で毒づいた。降り注ぐ日の元でカカシに何もかも差し出したのかと思うと、火を噴くかと思うくらい顔が火照った。
いないことが悲しくて淋しいと思っていたけれど、いなくて良かったかも知れない、と改めて思い直す。一体どんな顔をしてカカシに会えばいいというのだ。扉に背を向けてシーツを頭からかぶり、イルカは蓑虫のように丸くなって襲いかかる羞恥に唸っていたら、部屋の扉がそっと押し開けられた。
「あれ、起きてたんですか?」
その声にイルカはびくりと身を竦ませる。どう、どうしたらいいだろう。どんな顔で会ったらいいのか。ほんの少し前の自分の痴態がありありと浮かんできてイルカは途方もなく狼狽える。恥ずかしくて死にそうだった。
「よく眠ってたから先風呂入ってきたんですけど。ごめんね、初めてだったのに無茶しちゃって」
なんか歯止め効かなくって。イルカの潜り込んでいるベッドの端がきしりとたわんで、そこにカカシが腰掛けたことが分かる。
「イルカさん?」
問いかける声。この声が、自分の名をあんな風に呼ぶなんて想像もしていなかった。あんな風に欲望を滲ませて、自分を呼ぶなんて。思い出せば思い出すほど顔が火照りを増す。
「イルカさん、どうかしたんですか?顔を見せて下さいよ」
カカシの堅い手の平がシーツの上から自分を辿る。肩に触れた手が滑り落ちて、イルカの目の前に置かれたのが分かった。
体にのしかかる体重。さっきよりも低いカカシの体温。カカシに覆い被さられて、イルカはますます身を固くする。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。どうしようだなんて、どうも出来ないけど。
「イルカさーん?」
良くなかった?カカシの顔が近づいて、そうして耳元で囁かれたその言葉にシーツの中でイルカは慌てて頭を振った。良くなかったなんて、そんなこと。良くないどころか、良すぎて最後などいったい何を言ったのかさえ覚えてないというのに。シーツの中でじたばたするイルカにカカシは笑いながら囁きを落とす。
「ねぇ、顔見せてくださいよ」
ね、お願い。甘えた声で囁かれて、優しく肩を撫でられてイルカはついに観念した。結局いつまでもこうしていられる訳がないのだし、何よりカカシの顔が見たかった。体の痛みがさっきのことが夢ではないと告げているけれど、でも。
でももし、夢だったら?そろりとシーツから顔を出したイルカは、覆い被さって自分を見下ろすカカシと目があった。柔らかく微笑むカカシにまたしても体温が上がる。
あぁ、なんて綺麗な人だろう、と。まだ生乾きの髪からほたりと雫が落ちて、イルカの頬を滑っていく。冷たいその感触に身を竦ませたイルカを、カカシはシーツごと抱きしめた。
「やっと顔見せてくれた」
溜息を吐き出して笑ったカカシの腕の中でイルカはごそりと身を捩る。抱きしめられていてはカカシの顔が見えない。今だってどんな顔をカカシの前に晒せばいいのか見当も付かないけれど、それ以上にカカシの顔が見たかった。そろりとシーツから腕を出してイルカの肩に顔を埋めるカカシの背をそっと撫でる。
「あの…」
顔を見せてもらえませんか?小さく吐き出してイルカはまだ濡れたカカシの髪に頬を擦り付けた。甘えるようなその仕草にカカシは肩から顔を上げる。
「なんでしょう?」
見下ろす視線がひどく優しくて、イルカはシーツから引き抜いた手をカカシの頬に当てた。
目尻を指で辿り、頬を撫で、唇を撫でる。カカシの顔の形。整った、綺麗な顔。空の青を溶かし込んだ灰色の瞳。
そうして隠されたままの、左目。情事の最中もけして外されることがなかった左目の呪布。イルカは辿った指を呪布の上で止めて、左目を愛撫する。
「イルカさん…」
戸惑ったようなカカシの声を聞いても、イルカは呪布を撫でることをやめなかった。それどころか見たい、と思う。この布に隠された左目を、見たい、と。誰も見たことのないその呪われた左目を、見せて欲しいと痛切に思った。
イルカは両手でカカシの頭を抱き寄せて呪布の繋ぎ目を解きにかかる。大人しくされるがままになっていたカカシは、イルカの目的に気が付いて慌てて身を離した。
「何してるんですか?!」
身を起こしたカカシを不満そうに見上げてイルカはカカシの上着を引っ張った。力ずくでもう一度頭を抱え込んで繋ぎ目に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっとイルカさん!駄目です!」
慌てるカカシに頓着しないで、イルカはきつく結ばれたそれをどうにかして解こうと躍起になっていた。
「いいから大人しくして下さい」
結び目を解きながら、イルカは静かな声でそう言った。
「駄目です。アンタまで呪われちゃったらオレはどうしたらいいんです?」
抗うカカシにけれどイルカは退かない。
「大丈夫だから、見せて下さい。あなたの全てが見たいんです」
そう、自分はカカシに全てをさらけ出したのだから。自分だってカカシの全てを見たっていいではないか。呪われるというのなら呪われたって構わない。それもまた、カカシから貰ったものなのだから。
強いイルカの口調にカカシはついに観念したように大人しくなる。結び目がほどけてぱらりと呪布の端がイルカの上に落ちてくる。カカシの目を覆うその汚れた布を取り払って、イルカは改めてその左目を覗き込んだ。
心持ち長めの髪がそれでもまだイルカから左目を隠している。持ち上げた手で髪をかき上げイルカは今度こそ本当にカカシの左目を覗き込んだ。けれどカカシは瞳を閉じていた。呪布が取り払われても、まだイルカを呪いから守るように目を閉じてじっとしている。
「開けて」
瞼の上から瞳を撫でる。ほんの少し強く押すと眼球の弾力がイルカの指先に伝わってきた。呪われた、左目。カカシの左目の上には縦に真っ直ぐ刃物の傷跡が残っていた。
潰そうとしたのだろうか。抉ろうとしたのだろうか。痛々しい傷跡を指で辿って、イルカはもう一度カカシに言った。
「大丈夫だから目を開けて」
呪いなど、効きはしないから。優しい指先の感触に、カカシは長い長い溜め息を吐いてゆっくりと瞼を押し開けた。
開いた左目。ようやくイルカの瞳に映ったカカシの左目はひどく美しかった。真っ赤な、けれどひどく澄んだ瞳だった。呪われてるなんてとても思えないほどに綺麗な瞳。
うっとりと吐息を吐き出してイルカは小さく、綺麗、と呟いた。
「あんまり見ないでください」
困ったようにカカシは言ったけれど、その美しい瞳からイルカは目を逸らすことが出来なかった。これが、カカシの顔。
初めて見る何もつけていないカカシの顔だった。カカシの両目が自分を捉えているのが分かる。優しい灰色の瞳と、美しい赤の瞳に自分が映っている。うっとりと目を閉じてイルカはカカシを抱き寄せた。
「我が儘言ってごめんなさい」
ちっとも悪いなんて思っていない口調で、イルカはカカシに囁いた。カカシの溜息が耳をくすぐって、そうして確かな重みがイルカにのし掛かる。
「あんまり無茶しないで下さい」
きつく抱きしめられてイルカは笑った。ひどく幸せで、思わず笑みが漏れた。
「でも、ありがとう」
笑うイルカをぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、カカシは聞こえないくらい小さな声でそう言った。ありがとう、とそう言った。
それは自分の台詞だとイルカは思ったけれど、何も言わずにカカシを抱きしめ返した。
こんな幸福に浸れるのもあと少し。そう、あと少しの間だけ。幸福が胸を支配して、そうして去来する同じだけの悲しみ。
いっそ自分も呪われてしまえば、カカシと共に行くことが出来るのだろうかと、イルカは思った。カカシの重みを受け止めながら、そんな風に思った。けれど、それが絶対に叶わぬ願いだとも、知っていた。
自分が呪われることなんてけしてありはしないことを。イルカは、知っていた。
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