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        * * *



「で、これからイルカはどうするつもり?」
 あれから交代で風呂に入り、簡単な夕食を済ませた後不意にカカシがそう尋ねた。
「どう、ってなにが?」
 カカシの質問の意味を図りかねてイルカは首を傾げる。寝転がったカカシにちょいちょいと呼ばれ、その側に腰を下ろすとおもむろに膝に頭を乗せられた。またしても。
 隙あらば膝枕を強請るカカシを呆れたように見下ろして、イルカはその柔らかな銀の髪を梳いた。
「まず一つめ。一番大事なこと」
 そう言ってカカシは一度言葉を句切った。見上げてくる色違いの双眸。
「ここで一緒に暮らそう、って話」
 髪を梳くイルカの手のひらの感触にうっとりと目を閉じたまま、カカシはそう言った。その言葉にイルカは思わず手を止めてしまう。
「ちょっと、やめないでよ」
 文句を言うカカシには頓着しないままイルカはその顔をまじまじとのぞき込んだ。今なんて言った?
「は?」
「は?じゃなくて、一緒に暮らそう、っていってんの。ちなみにこれ決定事項で拒否権ないからね」
 頭を撫でてもらうことは諦めたのか、カカシはイルカの腹にぐりぐりと額を押しつけている。少し苦しい。
「ちょっと待て、だって、オレ、中忍で…。今官舎に住んでるし、いきなり引っ越しとか、ていうか同棲ってなんていうか…、っていうか同棲?!」

 一人で回り始めたイルカの腰をぎゅっと抱きしめてカカシは小さな欠伸をかみ殺した。これは譲れない。イルカが嫌がろうが泣こうが喚こうが世間体を気にしようが昔上忍だったと各方面にばれようがこれは譲らない。ここはカカシの家だがイルカの家でもあるのだから。
 何のために今まで大事に住んでいたと思ってる。イルカの思い出が溢れるこの家をこの五年間で何度捨てようかと思ったことか。
 辛く、切なく、自分の愚かさにどうしようもなく嫌悪しながらそれでも捨てられなかった家。ここはイルカの家でもあるのだから、そう思って。
「自然に同棲って言葉に行き着いちゃうのは凄くいいと思うけど、問題はいつから住むかっていうことと、今住んでる中忍官舎のこと」
 いまだぶつぶつと独り言を呟くイルカに埒があかないとカカシは水を向けた。聞きたいのは一緒に住みたいかどうかなどではないのだ。イルカは大いに勘違いしている。
「え、あ?」
 ぽかんと口を開けたイルカはしばらくそうしていたけれど、徐々に思考回路が復活し始めたらしい。わずかに顔を顰め、そうして。
「そうだな。越してくるのはいつでもいいけど、中忍官舎はそのまま残しておきたいかもな…」
 そんな風に言った。混乱していた割にはあっさりと同棲を認めたイルカにカカシの方こそかなり驚いたのだけれど、そんなことはおくびにも出さず問い返した。
「何で残しとくの?」
 いざというときのための逃げ場にするのであれば、イルカに内緒で解約しに行かなくてはならない。
「いや、だって引き払ったら住所変更の届け出さなきゃならないだろ?そしたら要らぬ詮索をされないとも限らないし…」
 それに、単純にお前と同じ住所を申告するのは恥ずかしいんだよ!ぺちぺちとカカシの額を叩きながらイルカはそう言ってわずかに頬を染めた。
 あー、やべ。勃ちそう…。
 恥じらって頬を染めるイルカは大層カカシの下半身を刺激した。しかしまだ話が終わっていない。夜は長いのだし、明日からは三連休だ。準備万端な息子をこっそりなだめてカカシは何でもないように、そう、とイルカに返した。
「じゃ、中忍官舎の方はそのままにしとこう。荷物は徐々に運び込むってことでいい?」
 イルカからは石鹸のいい匂いがしている。カカシと同じ匂いが。
「うん、まぁ別にお前の支給服とか借りてもいいしな。まぁ3日も休暇あるんだからその辺は大丈夫だろ」
 さらさらと無意識に髪を梳きながらイルカはそんな風に言った。
「じゃ、二つめ」
 髪を撫でる感触にカカシはゆるりと目を閉じた。むらむらとわき起こる不埒な欲をどうにか押しとどめるために。
「うん、なに?」
 そう、いたずらをしようとしてる場合じゃないのだ。これもとても、大切なこと。
「後任指導のこと。イルカも指導に当たりたいんじゃないかと思って。どうする?」
 ぴたり、とイルカの手が止まった。目を開ければ驚いたようなイルカと視線がぶつかった。そう、たぶんイルカは。

「どうする?」

 問いかけるカカシの瞳は静かにイルカを映し出していた。どうする、と問うカカシ。どうするもなにも、イルカはただの中忍に過ぎず、そうしてその役目を拝領したのはカカシではないか。
「オレは…」
 言葉に詰まったイルカの膝の上でカカシはもう一度ゆるりと瞳を閉じた。
「でも、関わりたいでしょ。遺言を受け取ったのはイルカで、お前はそういうのを凄く気にするじゃない。今回のことは特に。方法はいくらでもあると思うよ。それに一人より二人の方が知識も偏らなくていいじゃないの」
 目を閉じてしまったカカシからは表情が読み取りがたく、そうしてイルカはまた混乱した。カカシの言葉がイルカの心をゆっくりと暴いていく。イルカの偽らざる本心を。
「でも、だって」
 見下ろしたカカシは相変わらず瞳を閉じたままだった。
「全部を叶えるなんて無理だろ…」
 確かにイルカとて自らの手で遺言を果たしたいとは思っている。けれどアカデミーの教師を辞めたくもないのだ。アカデミーの教師を辞めないで暗部特務部隊の育成に関われるのだろうか。
 内勤の教師は何かと忙しい。任務受付所の受付も兼任しなくてはならず、そうして合間には中忍として個人的な任務もこなしているというのに。今までの生活を思えば、その中に暗部の育成の時間を割り込ませることが出来るとは到底思えなかった。
「全部叶えるんだよ。イルカが後任指導に当たると分かれば、火影様だって個人任務を割り振ったりはしないでしょ。イルカがどうしても受付に座りたいって言うんじゃなければ、それこそ火影様に頼んで術開発の助手に選んだからイルカは受付業務に一年は出られないとか適当なこと言ってもらったらいいじゃない」
 事も無げに言い放ったカカシにイルカは思わず脱力した。そういう問題でもないと思うけど。でもカカシの案は確かに的を射ているかも知れない、とそうも思う。
「そう、だな」
 それもありか。
「そうだよ。大体横着してんのはあのじーさんなんだからちょっとぐらい融通聞かせてもらっても罰は当たらないでしょ」
 そう言ってカカシはようやく目蓋を上げた。ん?とイルカは思う。火影様が横着?どういうことだ。それに。
「横着って、どういう…。それに思い出したけど、さっきの執務室でのやりとりは何だったんだ?大体約束ってなんだよ。お前まだオレに隠し事してんの……っっ!」
 イルカの疑問と言葉は途中でふつりと遮られた。腰に回っていたカカシの手がもぞりと動き、そうしてイルカの後口を布越しにぐりぐりと弄り始めたからだ。突然のことにイルカは思わず言葉を失い、そうして慌てて膝の上にあるカカシの頭を床に振り落とす。
「いきなり何するんだよ!」
 かぁ、と頬を紅潮させてイルカはカカシを睨んだ。
「何ってもう我慢の限界。火影様とのことは後で話すからとりあえずしよ」
 むくりと起きあがったカカシの瞳は欲に濡れている。じりじりと近づくカカシからどうしてか逃げられないまま、イルカはのしかかってくる男にせめてベッドでと呟くのが精一杯だった。



 数日前、男の手によって久々に開かれた体はわずかな抵抗だけであっさりとカカシを飲み込んだ。じっとりと汗ばむ肌に吸い付くカカシの唇の感触。体の中にある、自分以外の熱。
「…あー、サイコー」
 根本までぴっちりとイルカの中に身を沈めてカカシはゆるりと笑った。自らの潜り込んだイルカの腹を優しく撫でながら、そうして柔らかい口づけを落とす。普段は白いカカシの肌がほんのりと上気していた。薄紅色に染まったカカシは壮絶な色気を放っていて、イルカはそのことに体温を上げてしまう。
 カカシを煽っているのは他ならぬ自分なのだ。この、無骨な体に欲情しているカカシ。堅く張りつめたカカシ自身を体内に感じ取ってイルカは思わず、きゅうと後口を引き絞った。食い締めるように蠢くそこにカカシはにたりと質のよくない笑みを浮かべた。
「やーらしいの。オレのもぐもぐしてるよ、イルカのここ」
 結合部を指でたどられイルカの背中が反り返る。
「…あっ!…や、さわるなっ」
 反り返った胸にある、痛いくらいに張りつめた乳首にカカシは噛みついた。
「うぁっ!んんっ…!」
「気持ちいいくせに」
 くちゅくちゅと音を立てながら乳首を吸い、カカシはゆっくりと腰を使い始めた。胸に張り付いたカカシを引きはがそうとしていた手は、その衝撃にぴたりと動きを止める。ぐちゃぐちゃとかき交ぜられる粘着質な水音がイルカの鼓膜を犯す。
「あっ…、はっ……!」
 まるで押しつけるかのようにカカシの頭を自らの胸に抱き込んで、イルカは意味のない嬌声をあげた。
 乳首をいじるカカシの舌が、指が。そうしてイルカのいきり立った性器を嬲るカカシの手が。密やかに窄められていた蕾に突き立てられた凶器がイルカを苛んでいく。
 落とされた快楽は深く、そうしていつ果てるとも分からない。永遠にこのときが続くのではないかという恐怖と歓喜。揺さぶられながらイルカは胸に顔を埋めたカカシにキスを強請った。
 頬に手をあて、顔を上げさせる。そうして舌を差し出せばあっさりと口づけをもらえた。結合部からはいやらしい濡れた音がひっきりなしに聞こえてきている。イルカの喘ぎ声はカカシの口内に飲み込まれていた。全てイルカの何もかもが、カカシに。
 実際にカカシを飲み込んでいるのも食い締めているのもイルカだというのに貪られている、とイルカは思った。快楽に霞む意識の中で頼りなく揺さぶられる体をカカシに縋ることで保ちながら、イルカはうっとりと目を閉じていた。
 貪り尽くされ、食らいつくされている。この、愛しい男に。離れていこうとした唇をもう一度引き留めて、口づけを強請った。
 舌を絡め合い唾液を啜りあうこの行為がどうしてこんなにも気持ちいいのか。ひょっとしてカカシの体液には麻薬のような成分が含まれているのかも知れない。イルカの心も体もくたくたに駄目にしてしまうような、そういう成分が。でなければこんなに気持ちがいいなんておかしい。
 今度こそ本当に口づけを解かれ、膝裏を掬われる。そうして足を肩に担ぎ上げられカカシは容赦なくイルカに腰を使い始めた。限界が近いのはイルカも一緒だった。イルカが発しているのは快楽に潤んだカカシを誘うためだけの音。
 あっ、あっ、と意味のない声を上げてイルカはたどたどしくカカシの背に手を置いた。縋るものを求めて。振り落とされないように。
 ぎり、と爪を立てたイルカは一際甲高い嬌声を上げ、そうして自らの腹と胸、果ては顔までもを自らの精液で汚した。解き放ち弛緩した体にまだ与え続けられる刺激。イルカの締め付けをやり過ごし、カカシはがんがんと腰を振った。
「あっ、やっ…!あぁっ…!」
 死んじゃう、壊れちゃうとうわごとのように繰り返すイルカの鼓膜にカカシは笑い声を落とした。そうして、死んじゃいなと囁く。ひくりとざわめく後口にカカシもまた荒い息を吐き出し快楽を追い始める。
 そうして低い呻き声と共にイルカの中がじわりと熱い液体で濡らされた。まだ整わない息のままにイルカに口づけを落とし、そうしてカカシはずるりと自らのペニスを引き抜いた。ぞくぞくと背中を駆け上がる悪寒にも似た感覚にイルカはぶるりと身を震わせる。
 落ちかかる目蓋を引き留めてイルカは傍らの恋人に手を伸ばした。抱き寄せられる胸の中。下がりきらない体温が心地よく、けれど風呂に入りたいのも確かで。しばし迷ったあげくイルカは身を寄せた恋人に、風呂、と小さく呟いたのだった。



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