* * *
二人がこうして温泉に泊まっている事のそもそもの発端は五年前に遡る。
五年前、イルカは上忍だった。上忍で、暗部の特務部隊に所属していた。毒物の取り扱いを主とする部隊で、カカシもそこに所属していた。いわば同僚だった。同僚と呼ぶのさえ憚られるほどの実力差はあったけれど。
国内外に知れ渡る、木の葉屈指の上忍。まだ上忍に成り立てのイルカには憧れて止まない存在。その人と恋人同士になれたあの時のことを今でも鮮明に覚えている。
永遠に叶わないと思っていたイルカの片思いに終止符を打ったのはカカシ。少し照れたように笑って、イルカが好きだと告げたあの人の顔を今でもはっきりと思い出せる。
確かに幸福な日々だった。危険きわまりない任務に追われながらも、それは確かに幸福と呼べる日々だったのだ。
甘い蜜月は、けれどあまり長くは続かない。木の葉と深い因縁を持つ笹岡一族との戦闘で、イルカは利き腕の機能を失ってしまう。他ならぬ、カカシに手によって。
イルカを失うことを恐れたあまりのカカシの行動。激しい戦闘に傷付き倒れ伏すイルカの左腕にクナイを突き立てたカカシ。もう二度と、その腕が動かないように、念入りに。
その理由をカカシは言わなかったし、イルカは聞かなかった。否、聞けなかったのだ。戦闘に傷付き、カカシに傷付けられたイルカは気が付けば里の病院に収容されていた。それきりカカシとは会うこともなく日々は無情に過ぎ去り、気が付けば五年という月日が流れていた。
憎まれていると思っていた。イルカはカカシに憎まれているのだと、疎まれているのだと思っていた。カカシのせいで中忍に降格せざるをえなかったイルカ。
裏切られたことが悲しくて、その悲しみを憎しみにすり替えた。再会してからも憎んで憎んで殺してやろうと思いながら出来なかったのは、本当はまだカカシのことを好きだったから。
偽っていた心をようやくイルカが自身理解出来たのはカカシと共にまた戦場に戻ったときだった。
毒に犯されながら自分を庇ったカカシにようやく理解した。この男をまだ愛している。その事を。痛みに耐えかねて血を流し続けた心がようやく癒えたのは、本当にごくごく最近のことなのだ。それなのにカカシときたら。
とろとろと浮いては沈む意識にイルカは自分が覚醒しつつあるのを感じていたけれど、まだまどろみを手放すのが少し惜しい。
うつらうつらしながら考えるのはやはり昨日からの過ぎるほどの情交のことばかり。カカシは五年という果てしない空白を一気に埋めようとしているのだろうか。まるで怯える子供みたいにイルカを求めるカカシ。
温かい日差しのなかそろそろ起きなくてはと思ってもなかなか身体は言うことを聞かなかった。第一こんな風にゆっくりしている場合でもないと言うのに。早く里に戻って火影にも今回のことの顛末を詳しく話さなくてはならない。
里の金でカカシとイチャイチャしている場合ではないのだ。分かっているがどうにも抗いがたい甘たるい雰囲気があるのも確かで、イルカはどちらかというとそれに逆らえないでいた。
カカシに甘えられているのが、カカシに甘えているのがひどく幸せだと思うから。半分眠りながら益体もないことを考えていたら、不意に人の気配がした。カカシが帰ってきたのだと思う。
馴染んだ気配。五年前と何一つ変わらない、カカシの気配。布団に横たわったままのイルカに覆い被さるようにカカシが身を屈めるのが何となく分かった。
髪を撫でるカカシの骨張った手の感触。体温の低い、乾いた手の平。爪は平たく短く切り揃えられている。昨日イヤというほど視覚に捕らえた手の平。こうして撫でられるのは本当に気持ちがよくて、イルカは、ふ、と意識が遠のくのを感じた。
そこにカカシがいるという絶対の安心感だと思う。触れる体温、感じ取れる気配。とろりとろりと意識を手放しても、もう大丈夫だと分かったから。徐々に途切れていく意識をイルカはあえて繋ぎ止めようとは思わなかった。
そう、イルカは安心しきっていたのだ。カカシはもう自分に危害を加えることはないと、本当に安心してその身を委ねていた。確かにカカシはイルカに危害を加えることはもうないだろう。
けれど、危害こそ加えないけれど、イルカの身体にひどく負担を強いることはするかも知れない。その事にイルカの思考は及ばなかった。
昨日泣いて懇願して散々いやらしいことを言うのを強要されて辱められたというのに。本当に愚かにもイルカはカカシの前で、浴衣をはだけただらしがない格好で眠りこけている。
いったんは沈み込んだ意識が何となく違和感を感じたのはそれから程なくしてだった。下半身に何か違和感を感じてイルカは身を捩る。
眠いせいか上手く身体が動かない。それに妙に体が火照っているような気もするのだ。なのにぞくぞくとした寒気が背中を這う。何だろう、と思う間もなかった。下半身をぐぬりと割られる衝撃にイルカの意識は一気に覚醒した。
「っ!…な、何?!」
ぐぶぐぶと襞を割り開いていく灼けそうに熱いモノ。
「ん!……ああっ!」
自分では決して届くことのない身体の奥までカカシをねじ込まれてイルカは衝撃にほろりと涙を零した。
「オハヨー」
イルカの両足を肩に担ぎ上げたまま、カカシは身体を折り曲げて零れた涙を舌で掬い上げる。
「やっ……っん…!」
さらに深いところを突かれてイルカは無意識に喉を鳴らす。何が起こっているのか。呑気に挨拶をしたカカシを睨むように見上げれば、嬉しそうにイルカを見下ろす顔にぶつかった。
「お、お前なに考えてるんだ!人が寝てるってのにいきなり突っ込むなんて…!」
「そんなこと言っちゃってイルカだって気持ちいいんでしょ?ホラ、ココこんなに堅くなってヨダレ垂らしてる」
堅く勃ち上がった性器を扱かれ先走りの液を割れた先端に塗り込められて、イルカは背中をしならせた。
「ああっ!」
「やっぱり気持ちいいんじゃない」
くすりと笑いを漏らして、カカシは腰を揺らし始める。
「やっ、やだっ……んっ!」
どうにか逃げようとカカシを押しやってももはやイルカの手に力など入りはしなかった。押しのけるためにカカシの肩に置かれた手はずるずると抜き差しされる感覚に肩を滑って背中に結局は辿り着く。
「あぁ、イイね…。もっとぎゅってしがみついてよ」
耳に吹き込まれる熱い吐息。
「んんっ!…ふっ………あぁっ!」
そのままくちゅりと耳を噛まれ、舌を差し込まれる。痛いくらいに張り詰めた性器を扱かれて、イルカはイヤイヤと首を振った。開いた口からはすでに意味のないはしたない嬌声しか出て来ない。
一気に落とされた快楽は深く、限界はもう近い。イルカは身体を半分に折りたたまれたままがんがんと突き上げてくるカカシにしがみつくのがやっとだった。
「…か、っカカシ……も、もう……っんん!」
懇願は一体何のためか。鼻に抜ける甘い声をひっきりなしに零しながらイルカはカカシの背中に爪を立てる。それを合図にカカシは一層激しくイルカを突き上げた。
穿たれぽたぽたとヨダレを垂らし続ける先端をぐりっと押し潰されて、イルカは背中をしならせ一際高い嬌声をあげて達した。白濁した液がイルカとカカシの腹を汚す。
「……っん…!」
達した瞬間きつく絞り込むように収縮したイルカの中で、堪えきれないようにカカシも達した。最奥に叩き付けられる火傷しそうに熱い飛沫。断続的に震える身体から出て行きそうな気配すらないカカシを、イルカは力の入らない腕でぽかりと叩いた。
「…もう、抜いて」
息がすっかり上がっている。震える声でこんな事を言っても説得力は薄いな、と思わないでもなかったが言わないで第二ラウンドに突入されたらたまらない。
「もう一回駄目?」
精液で汚れたイルカの腹をゆるりと撫でてカカシが甘えたように聞いた。
「……怒るぞ」
腹を撫でる手の感触に引ききらない快楽がぞろりと湧き上がってくる。カカシの手を掴みぺちりと頬を叩けば、至極残念そうな顔をして腰を引く。
ずるりとカカシが抜けていく感覚にイルカはふるりと身を震わせた。抱え上げられていた足を降ろされ、イルカはほっと息を吐き出す。カカシはそこら辺に放ってあった掛け布団を持ち上げると、イルカの横にごろりと横になってそれを引っ張り上げた。
どこか不安定なカカシの表情にイルカはそっとその頬を撫でる。ようやく息を整えて、そうして乾いた唇を少し舐めた。
「何がそんなに不安なんだ?」
手を滑らせて首を引き寄せ、おでこをくっつけてカカシの瞳の中を覗き込んでみる。深い青の瞳と輝く焔。その瞳の中にほんの僅か小さな翳りを見つけて、イルカはカカシの柔らかい髪の毛をかき混ぜた。
「……夢だったらどうしようって」
覗き込む視線を受け止めたまま、カカシはしばらくの沈黙の後そう言った。
「一人でいるとき、こういう夢をよく見たんだ。イルカと二人でこうして抱き合ってる夢を」
腕を伸ばし、カカシもまたイルカの髪に指を絡ませる。
「夢じゃないよ。ここにいる」
ひたりと合わせていた瞳を緩やかに閉じてカカシはイルカを自分の胸に引き寄せた。
「分かってる、分かってるけど不安なんだ。抱き合ってるときだけはイルカがオレのモノだってちゃんと分かるから、つい。ごめんな。無茶してる自覚はあるんだけど」
ぴったりと素肌を合わせたままイルカはカカシの匂いを胸に吸い込んだ。
自分だとて、カカシとこうしていることが夢ではあるまいか、と思うことがある。カカシの姿が見えないとき、不意に胸を過ぎる小さな不安。五年という月日の長さ。最悪な別れ方をしただけに、これがいつか見た幸福な夢の続きじゃあるまいかと思うカカシの気持ちは痛いほどに分かった。
髪を梳いていた手を背中に落ち着けて、イルカはカカシの鼓動を聞いた。こうして触れ合って抱き合っていると、これが夢じゃないと思えるのだけれど。カカシを受け入れているときは尚のこと。胸に埋めていた顔を上げれば、ひどく穏やかなカカシの表情にぶつかった。
「好きだよ、イルカ」
染み入るような声だと思う。ひどく明度の高い、イルカの何もかもをじわりと溶かしてしまう、カカシの声。答える代わりにカカシの薄い唇に自分の唇を寄せてみた。吐息が絡み、そうして触れる。
ゆっくりと重ねるだけの口付けを落として、イルカは唇を離した。追いすがるようにして今度はカカシから口付けられる。弛んでいた唇から咥内に舌をねじ込まれ、蹂躙される。
容赦のない口付けにイルカの息は自然と上がった。ただでさえ快楽の残り火が身体のあちこちで燻っているというのに、こんな風に口付けられてはたまらない。
「っ、ふ……んんっ!」
鼻から抜けるような信じられないくらい甘い声がイルカの鼓膜に響く。またしてもセックスに縺れ込みそうな気配に、イルカはカカシの髪の毛をぎりぎりと引っ張った。
「痛たたた」
ようやくカカシが口付けを解いたので、イルカも髪の毛から手を離す。
「もー、乱暴なんだから」
ちぇ、と文句を言うカカシにイルカはさっきの殊勝な言葉は嘘か、と思った。不安だとかなんとか言ってるけど、この性欲はどう考えたってそれだけじゃあないだろう。
だいいち無茶してる自覚があるというならもうちょっと押さえろ。カカシを見上げたまま、イルカはふと大きな溜息を漏らした。
「オマエ、ホントはしたいだけなんじゃないのか?」
胡乱げな目つきで見つめれば、カカシはへにゃりと笑う。
「まー、それもある」
イルカを裸の胸に抱き込んでくつくつと笑い声を漏らした。
「だってねぇ、イルカの中ってもう凄い気持ちいいんだもん」
ずっと入ってたいくらい。そう言って鼻の頭にちょこんと小さなキスを落とす。
「なに言ってるんだ。バカじゃないの、オマエ」
カカシの言葉より何よりも、バカみたいに嬉しそうに笑う顔がどうにも恥ずかしくてならなくてイルカは顔を背けた。
「五年ぶりだしねー。五年前よりずっと気持ちいいような気がする」
頬を染めて顔を背けるイルカにすり寄ったままカカシはうっとりと言った。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。本当にこの男恥ずかしい。事の最中に恥ずかしいことを言わされる百倍くらい恥ずかしい。笑みを浮かべて見つめるカカシにイルカは頬を染めたまま顔をしかめた。
「あんまり見るな」
抱き寄せられた腕の中、イルカはカカシの顎をぐいと押した。さっきからじろじろと恥ずかしいのだ。本当にこの男と来たら。
「なんでよ、イイじゃん、減るモンじゃなし。それに今更でしょ?」
「恥ずかしいんだよ!」
にたにたとスケベな笑みを浮かべているカカシにイルカはついに声を荒げた。
「何が恥ずかしいのさ」
じたばたと藻掻くイルカをやすやすと抱き込んだまま、カカシはこめかみに口付けを落とす。その行動にイルカはますます赤くなった。
「も、もう帰る!オマエ恥ずかしくてやだ」
下半身は怠いし多分腰は立たないだろうけど、恥ずかしくて堪えられない。ただでさえまだこの甘い雰囲気に馴染み切れていない自分がいるというのに。
このまま砂糖に漬けられたみたいにどろどろに甘やかされていたら駄目だ。恥ずかしくて死ぬ。本格的に暴れ出したイルカをきつく抱きしめることで宥めたカカシは、ごめんと小さく呟いた。
「もう何にも言わないから、もうちょっとこのままで。ね?」
笑いを含んだたぶんに甘い声で囁かれる。こういうところも、恥ずかしい。べったりと甘やかされそうな気配にイルカは密かに溜息を漏らす。
こういうのは嫌いじゃないから困るんだ。疲れた身体は眠りを欲していたし、何よりカカシの腕の中は温かい。襲い来る何度目かの睡魔に抗うことをしないまま、イルカはほんの少しだけカカシに擦り寄って瞼を落としたのだった。
←back |
next→