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第五話 カカシと愉快な仲間達




   * * *



 猫の群衆が引き上げたのは午後の遅い時間だった。もうすぐ翳り出すお日様が柔らかな光を注いでいた時間。そうして今、真っ暗な中イルカはまだカカシに貫かれたままだった。
 何時間こうしてカカシを受け入れているのだろう。普段だったらイルカとカカシが性交するのを嫌がる紅を憚って夜中しかしない行為。その紅と夫であるアスマは今日明日明後日と三日間出掛けていないのだ。
 そう、カカシとイルカを止めるものは何もなかった。日の高いうちからその身にカカシをくわえ込まされ、そうして日が沈み夜の帳が降りてもセックスは終わらなかった。
「っ…あ、あ……、んっ」
 揺さぶられるたびに自分の口からは意味のない音がぼろぼろとこぼれ落ちる。イルカの後口は何度受け入れたか分からないほど、カカシの精液で一杯にされてしまった。カカシが腰を振るたびにくちゅくちゅと卑猥な音がする。
 とっくの昔に許容量を超えた後口からは飲み込みきれなかった精液がとろとろと内股を伝って溢れだしていた。イルカの腹も背中も自らの精液でもうぐちゃぐちゃだ。
「んっ、あっ…!あっ!あぁぁっ!」
 穿たれた熱にいいところを擦られ、そうして自らのペニスをきつく扱かれてイルカは勢いなく精液を零しながら何度目か分からない絶頂を迎えた。行きすぎた快楽が辛い。
 きつい締め付けをやり過ごし、カカシは尚も腰を振り続ける。精液と唾液にまみれたイルカの乳首に齧り付き、その弾力を楽しみながら。
「…やっ、やぁ…!……だめぇ…!」
 達ったばかりの体には過ぎた快楽だろう。苦痛にも似た快感にイルカは身を捩り嫌々と首を振る。けれど、もう吐き出すものもないだろうにイルカのペニスは与え続けられる刺激にまたしても緩く立ち上がっていた。
 かわいそうに。泣きながらもう許してと懇願するイルカをきつく抱き寄せてカカシはうっそりと笑った。
「やだぁっ…!も、ゆるしてぇ…!」
 助けて、もうだめ。甘えた悲鳴がカカシの鼓膜を擽るけれど、止める気なんてさらさら起きなかった。
「もうちょっとで達けるから、ネ」
 ゆさゆさとイルカを蹂躙しながらカカシは荒い息を吐き出してそう答えた。興奮しすぎで鼻血でも出そうな勢いだ、と思う。可愛いイルカ。止められるわけがない。
 こんな可愛い生き物を目の前にして自らの証を注ぎ込まずにはいられないだろう。可哀想だと思う反面、もっと、と思う。もっと蹂躙して泣かせて喘がせたい。
 この腕の中で永遠に。
 乳首を弄り口付けを落とせば、まだイルカの体がびくりと強ばった。もう出すものもないのに達した体はびくびくと跳ね、可哀想なくらいイルカは泣いていた。辛いだろうにそれでも必死になってカカシの口付けに応えようとするイルカ。
 欲にまみれ、泣き濡れたイルカにカカシのピッチも速くなる。限界が近い。きゅうきゅうと締め付ける後口にカカシもまた薄くなった精液をようやく注ぎ込んだ。長く最後の一滴までもを注ぎ込み、そうしてようやくカカシは長い息を吐き出してイルカを見下ろした。
 カカシをその身にくわえたまま、イルカはすでに意識を失っていたのだった。



   * * *



「おしりが痛い…」
 恨みがましく呟いたイルカにカカシはくつりと笑った。すっかり身繕いを整えて二匹で同じ座布団の上に寝そべっている。そうしてイルカはさっきから体が動かないだの喉が痛いだのお腹が空いただの甘えたような我が儘ばかりを漏らしていた。
 ゆったりとイルカを抱き込んだカカシは、痛いと言ったそのおしりをよしよしと撫で回した。その手の動きにべちりと額を叩かれる。
「そういういやらしい触り方をしないでください!」
「はぁーい」
 撫で回す手の動きを止めてカカシはもう一度イルカを抱き直した。くっついてるところが暖かくて気持ちいい。さすがに気を失うまでやり続けたのは失敗だったか、と思う。イルカの機嫌は一向に直りそうにないが、こうして横にいることを許されているのだから本格的に怒っているわけではないだろう。
 あの長く執拗で濃厚なセックスの後、気を失ったイルカと自らの身繕いを終えたカカシは座布団の上にイルカを寝かせ、そうして自らもその横に寝そべった。
 あれから二匹して何時間寝ていたのだろうか。猫は寝るのが仕事みたいなものだけれど、それにしても今はすでに夕暮れである。カカシが意識を手放したのはまだ夜が明けきらない頃だったから、丸半日は寝ていた計算だ。
 どちらともなく目を覚まし、そうして留守中食べるようにとアスマと紅が置いていったドライフードと水を飲んでまた座布団の上に丸まる。イルカの文句は止まないけれど、ひどく穏やかな時間だった。
 暮れかけた空の色に染まる自らの毛並み。そうして何物にも染まらない、イルカの漆黒の毛並み。夕日の色を浴びてきらきらと輝くイルカの黒い瞳。柔らかい、暖かな時間。
 自分がこんな風に家に居着くことになろうとは思ってもみなかった。もともと野良で生きていた自分がアスマのところに居候することになったのは、ほんの偶然に過ぎない。
 左目に酷い怪我を負い、とどめとばかりにひどい雨が降っていたあの日。たまたま雨宿り先に選んだ軒先の住人がアスマだったのだ。髭面で体格がよく細やかな神経とはまるで無縁の男だったけれど、案外に動物には優しい男だった。
「おい」
 最初にそう声をかけられたのをよく覚えている。低いドスのきいた声で、まるで動物に対する態度とは思えないくらいぶっきらぼうな口調で、アスマはカカシにそう声をかけた。
「お前、怪我してんのか」
 カカシの左目を切り裂くように付いた傷からはまだ止まりきらない血が流れていた。アスマの口調にふいと顔を逸らすと、大男はいったん家の中に引っ込んだ。そうしてのっそりともう一度軒先に姿を現すと、ごつくて堅いその手でカカシを拾い上げ、乱暴に毛布にくるんで医者に連れて行ったのだ。
 傷の手当てをされ、そうしてしばらくはアスマのところで養生していた。寝床は確保されているし、餌ももらえる。傷が癒えるまで、と思っていたのに男の家は案外に居心地が良く、カカシは野良猫から半野良猫に昇格してしまった。
 それはそれで、悪くないと思いながら。
 カカシ、という名を付けたのもアスマだった。野良猫のカカシにそれまでもちろん名前などなかった。カカシがアスマの家に厄介になり始めたのは、金の稲穂がもったりと首を垂れ始める頃。秋の入り口にさしかかったその季節、当時アスマが住んでいたアパートの軒先からは一面に広がる田んぼが見渡せた。
 その中に片足で立つ案山子。お前は片足じゃねぇけど片目がやられてんだったら同じようなもんだな。そう言ってアスマは笑い、その日から野良猫はカカシになったのだ。

 あれからしばらくの月日が流れ、そうして出会ったのは黒髪の女に連れられた、柔らかくて優しい目をした黒い毛並みの黒い猫。真っ白けのカカシとは正反対の。



 結婚するのだ、とアスマが不意に言ったのはいつのことだっただろうか。新しく家を購入したアスマが今まで住んでいたアパートを引き払うことになったとき、アスマは寝そべるカカシに向かって結構真面目な顔で結婚することになったと告げた。結婚するから家を買って引っ越すのだと。
 ふらふらと飼い猫と野良猫の間みたいな生活をしていたカカシに、お前も来るか、と問うたアスマに何となくついて行くことにしたのだ。今住んでいるところはカカシにとってあまりいい思い出のある土地ではなかったから。危うく左目を失うところだった。
 未練のない土地を離れ引っ越した家は、今までのアパートよりも随分と日当たりの良い風通しの良い家だった。そうしてその家の周辺は今までよりも遙かに田舎で、猫が沢山いる土地だった。
 そうして新しい家族が増えるぞ、とアスマはついでのように告げた。一月後には越してくるからな、と。イルカって名前の黒猫らしい、とそう言った。
 どんな猫がくるのか、と気にはなったものの、どうせ今までのように半野良生活を送るなら関係のないことかもしれない、とも思った。新しい土地に住んでいた猫たちは、案外に気が良いやつが多くてカカシはここが気に入った。
 後は新しい家族とやらを待つばかり。アスマが用意した紺色の座布団の上に寝そべってカカシはその日もうとうとと午睡を決め込んでいた。
 玄関の開く音、少し浮かれたようなアスマの声。何度か会ったことがある女のハスキーな声と、そうして聞こえた小さな足音。とてとてと、広くもない家の中を歩く足音が聞こえた。
 そうして。廊下からひょい、と縁側の方へと顔をのぞかせたそれ。眠たげな目を薄く開けて、その黒い猫をカカシは見た。
 きらきらと光を受けて輝く毛並み。そこだけがまるで別世界みたいな。柔らかな、気配。
 ぼう、と自分を見ているその猫の声が聴きたくてカカシは重たい目蓋をゆったりと持ち上げた。
「こんにちは。アナタがイルカさん?」
 声をかけられたことにひどく驚いた様子の黒猫を呼び寄せて、ようやくその声を聴くことに成功した。
「こ、こんにちは!」
 甘い、まろやかな声だった。あぁ、これはひょっとすると。柔らかな午後の光の中できらきらと光るイルカ。
 これはひょっとすると。そう、思った。恋に落ちたのはまさにあのときだ。イルカに出会ってから世界が色を変えた。きらきらと光り輝く世界。イルカの周りの空気だけが透明感を増しているような錯覚。
 腕の中で文句を垂れるこの猫が、オレのたった一つの世界なのだ。不意に笑い出したくなるくらいの幸せを感じでカカシはイルカの温かい体を、ぎゅ、と抱きしめた。
「もう、なんですか、いきなり」
 不服そうなその口調も何もかもが愛しい。
「なんでもないですよ」
 少し堅いその毛並みに顔を埋めれば、イルカの甘い香りがした。まさか自分が家猫になる日が来るとは。
 人生って分かんないな、と思いながらカカシは溢れる幸福をもう一度ぎゅっと抱き寄せたのだった。



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