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第一話 ねこのじかん




 気の遠くなるような深い口付けをもう一度落とされ、恐ろしく長い愛撫を施された。体中でカカシの口付けなかったところはないくらい、そのくらい長く執拗な。
 そうして埋め込まれたカカシの熱源。イルカの体の奥深く、とても考えられないくらい深い場所に。
 背中からのし掛かるカカシの体温は、常のそれよりもずっと高くて背中や項を時折いたずらに舌が舐めるのにも背筋が痺れるようだった。
「……っう…あぁっ……!」
 殺しきれない甘い声が自分の喉から漏れ聞こえてイルカは羞恥で死にそうだと思う。
 痛いのに。初めて割り広げられた体は燃えるように熱くて、そうして体が裂けるんじゃないかと思うくらい痛かった。それなのに。
「気持ちいいの?イルカさん」
 鼓膜をくすぐる甘い声。低く脳を直接犯すような。腰を揺らしイルカの中に出入りしながら、そうしてカカシはイルカをからかうような言葉を口にする。
 気持ちがいいかなんて分からなかった。ただ痛くて熱くて、体がしびれたみたいに動きがとれない。言葉と共に耳に舌を差し込まれぬるりと舐められて、イルカは押し入るカカシをきつく締め付けた。
「あぁ……っん…!」
 痛いはずなのに。熱くて苦しくて、それなのに触れられてもないのに痛いくらいに立ち上がった性器からは透明な先走りの液がぽたぽたと漏れている。
「あぁ、もうこんなにして。我慢出来ない?」
 カカシの手が精液にまみれたイルカ自身をゆるりと触った。
「…あっ…ああぁっ……やっ…!」
 まるで自分がとても淫らで浅ましい物になってしまったような錯覚に陥って、イルカは嫌々と首を緩く振る。痛いはずなのに、痛いだけじゃないのだ。
 その証拠に自分の喉から漏れる声は信じられないくらい甘ったるい。痛いのに、痛みの中からじわじわと生まれる感覚。その感覚の正体をイルカは知らない。知らなかった。
「イイクセに」
 くつりと喉を震わせて、カカシは耳元で熱い息を漏らした。後ろから貫かれているからイルカにはカカシの表情は見えなかったけれど、その濡れた吐息にぞくりと何かが背筋を這い上がった。
「あ、あぁ…!」
 無意識に締め付ける後口にイルカは狼狽えた。締め付けるたびにまざまざと自分のくわえている物の形をはっきりと認識してしまうことに。
 それが頭が沸騰するくらいに恥ずかしくて、そうして気持ちいい。あぁ、気持ちがいいのか。痛みは確かに存在していた。カカシが入り込んでいるそこはじんじんと痺れたように痛みを訴えている。けれど、気持ちがいい。
 カカシに貫かれていることが。カカシに犯されていることが。死にそうなくらい恥ずかしくて死んでもイイくらい気持ちよかった。
 もう何も考えられなかった。どうしてカカシがこんな風に自分を抱くのだろうとか、そういう事はもう全然イルカの頭の中にはなかった。ただ熱くて気持ちよくて、カカシが自分の中で感じていることにイルカもたまらなく感じた。
 気持ちがいい。全ての痛みを凌駕するくらい。
「……イルカさん、気持ちいい?」
 熱い熱い吐息がイルカの思考を揺さぶる。性器を扱く手、壊れるくらいに激しく突き上げられる結合部。
「…いいっ……!」
 がくがくと揺さぶられながらイルカは悲鳴のような声を上げた。もう耐えられない。
「っっあああぁっ……!」
 息を詰め、イルカはカカシの手の中で勢いよく達した。断続的に訪れる快楽の波にきつく後ろを締め上げれば、小さな呻き声と共にこれ以上ないくらい奥が熱い飛沫で濡らされた。腰を震わせイルカの中にカカシは最後の一滴まで放つ。
 それなのに、カカシの雄は全然萎えてなかった。
「……か、カカシさん?」
 まだ堅いまま自分の中に居座っているカカシ。くたくたに疲れ果てたイルカは恐る恐るカカシの名を呼んでみた。
「ごめんねイルカさん。でも我慢出来そうにないや」
 先ほどまでの乱れを全然感じさせないような涼しい声でカカシは悪びれもせずそう告げると、がしりとイルカの腰を掴んだ。
「うみゃぁっ!」
 半分くらいまで抜けかけていた性器をそのままに体をひっくり返され、そうしてもう一度ずぶりと埋め込まれイルカは呻いた。
「無理です!もう無理っ……!」
「聞きません」
 晴れやかな声でそう答えたカカシをイルカは泣きそうな顔で見上げた。見上げた先にはいやらしく笑うカカシの顔が見える。
 身を屈めイルカの頬に手を添えると、そうしてその唇に口付けを落とす。柔らかくキスされてイルカは驚いたまま目を閉じるのも忘れてしまっていた。
 近くで見ても相変わらずカカシはとても綺麗で、バカみたいだと思いながらもイルカはそれに見とれてしまう。こんな風にされてもまだカカシが好きだなんて。
 くちゅくちゅと音を立てながら口付けを交わし、そうしてカカシの腰がゆるゆると律動を再開し始める。上がり始めた息が苦しくて口付けを解けば、カカシはふんわりと笑った。こんな熱の籠もった情交の中で、まるで何も知らないようなあどけない顔をして。
 そうしてカカシはそんな顔のままイルカに告げたのだ。
「好きですよ、イルカさん」
 イルカが驚いたのはほん束の間。あとはもう、何も考えさせないみたいに激しくなる突き上げに、ただただイルカは翻弄されていたのだった。



「一体何がどうなってるんですか?」
 翌日。気怠い体を投げ出してイルカはカカシに問うた。
 昨日は嵐のような一日だった。イルカには何がなんだか未だにさっぱり把握出来ていない。
 いつものように外に出かけたカカシがお土産の魚を持って帰ってきて、食べ終わったと思ったらいきなり犯された。気持ちよがったのは自分に違いないけれど、どうしてカカシがあんな行動に出たのかイルカには全然分からないままだ。
 それに、最後にカカシが言った言葉。好きだ、と。イルカの勘違いや聞き間違いでなければ確かにカカシは好きだと言った。イルカもカカシのことが好きだから嬉しいには違いないけれど、今の状況からすると嬉しいよりも戸惑いが先に立つ。
 騙されているんじゃないだろうか、と。騙されてるということはないかもしれないけれど、俄には信じがたい事実だ。
 というか。カカシがイルカを好きだなんて事があるだろうか。自分がカカシを好きになるなんて事は多分ある。
 カカシは優しくて格好良くて綺麗でオマケに笑うと可愛い。どこをとっても文句なしの猫だけれど、自分なんて真っ黒で平凡で面白味も何もないのに。
 そんな自分をカカシが好きになるだなんて。どう考えたって何かおかしい。
「何がどうって、イルカさんは今やオレのモノだということです」
 紺の座布団は縁側に二枚並べて置いてある。一つはカカシ、一つはイルカ用だ。右側の座布団に沈み込んだままイルカはカカシの言ったことを反芻してみた。
 今やオレのモノ。まぁ、そうかもしれない。犯られたし。めろめろに好きだし。
 でもまだよく分からない。もう片方の座布団に寝そべって目を細めるカカシを盗み見て、そうしてイルカは小さな声で呟いた。
「よく分かりません。何がどうなってオレがあなたのモノなんですか?」
 そう、何でいきなり犯られちゃっんだか。初めてだったのに。疑問でいっぱいのイルカにカカシはほんのちょっと分からないような顔をした。
「何がどうってアンタオレの持って帰った魚食べたでしょ?」
 ぬくぬくと朝日の差す縁側。カカシの言うことがまたしてもこれっぽっちも理解出来ないイルカは、眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「それとオレがアナタのモノだっていうことにどういう関係があるんでしょうか?」
 本当に分からないという顔をしたイルカにカカシは眠たげな目を珍しく見開いた。
「ひょっとして知らないんですか?持って帰った餌を食べるって事はその人との結婚を了承したってことなんですよ。ちなみに餌を持ち帰った方が夫、受け取った方が妻です」
「はぁ?!」
 寝耳に水、というのはこういうことかもしれない。全く思いがけもしないことを言われてイルカは本当にすごくすごく驚いた。驚いたというかなんだか騙された気分だ。
「一体いつ誰がそんなこと決めたんですか?!」
 動きの鈍い体をもぞもぞと動かしながらイルカは半泣きでカカシに問うた。それを見たカカシはどことなく呆れたような顔をしている。それがなんとなく頭に来るような気がしなくもない。
「いつ誰がって昔からそんなの決まってましたよ」
 当たり前のことだとカカシは言ったけれど、イルカには納得出来なかった。そんなこと知らない。それとも世界中で自分だけが知らないルールなのだろうか。
「でも、そんなことオレは知りません…。いったい何のルールなんですか、それ」
 なんだか悲しくなってきてじわりと目に涙を浮かべたままイルカがそう問えば、カカシはしばらく考えたような顔をして、そうしておもむろに、あぁ、と言った。
「あぁ、そうだね。それ野良ルールです」
 にこりと何の罪もないような綺麗な顔をして笑う。
 野良ルール?そんなの知らない。だって今まで一度も外に出たことがない正真正銘箱入り飼い猫なんだから、そんなの知らなくて当たり前じゃないか。
 野良ルールって。べそべそと涙を零すイルカにそろりと近づいて、カカシはその涙を舐め取った。柔らかく優しく目蓋に口付けて、そうして頬に軽いキスを落とす。
「ねぇ、イルカさん」
 呼びかけはいつもと同じ様に優しくて、頬を撫でる手の感触だって気持ちよかった。カカシの問いかけにイルカは涙を滲ませたままの瞳を向ける。漆黒の瞳に映り込むのは左右の色が違う世にも不思議な瞳。
「オレのことが嫌い?」
 わずかに首を傾げてカカシは小さな笑みを浮かべたままイルカに聞いた。
 嫌いなはずがない。嫌いなどころか。ふるふると首を振ればカカシはその笑みを深くする。
「じゃあ、オレのこと好き?」
 その質問にイルカは頬を赤く染めた。好き?なんて無邪気に聞かれてハイそうですなんて簡単に言えるものか。赤らんだ頬を隠すように俯けばカカシの手がイルカの髪を撫でた。
「オレはイルカさんのことが好きですよ。結婚してくれませんか?」
 順番がなんだか滅茶苦茶だけど駄目ですか?くすくすと笑いながらカカシはイルカの髪を撫で続けている。
 なんだか悔しいような気がしてならない。まるで振られるなんて一ミリも思ってないようなその態度がなんだか悔しい。好きだなんて言われてどうしていいのか分からないくらい舞い上がってるのなんて、とっくに知られてるとしても。
 カカシの手の平の上で踊らされてるみたいで、なんだかホントに気にくわない。あぁ、でも、それでも何がどう気に食わなくたって好きだといわれてこんなに嬉しいのなんて隠しようがないじゃないか。
「ねぇ、駄目?」
 俯いたイルカの頭のてっぺん辺りにキスを落としながらカカシはもう一度問うた。駄目じゃないなんて言葉、言わせる気も聞く気もないクセに。
 悔しくて、それ以上に嬉しくてイルカはこくりと頷いた。
「ホントに?あぁ良かった」
 頷いたイルカをぎゅうと抱きしめて、そうしてカカシはほっとしたようにそう言う。
心配なんてしてなかったクセに、そう思ってカカシを見れば、案外そうでもなかったようですごく安心したような顔をしていた。
 ひょっとしてカカシも不安だったんだろうか。よく考えてみればカカシがお土産を持ち帰り始めたのは結構前だ。それこそ一緒に暮らし始めて間もない頃から。ずっとイルカはそれを断り続けていたわけだから、カカシも不安だったのかもしれない。
 それでだから昨日はあんな性急に求められたのだろうか。そう考えるとカカシになんだか申し訳ないことをしたなぁ、と思ってしまう。態とやっていたわけではないけれど、いい顔をしておきながら肝心なときには靡かない自分をカカシは一体どう思っていたのだろう。
 なんだか自分の価値を釣り上げて勿体付けているメス猫みたいだ。抱き込まれた腕の中、イルカは暖かいカカシの肩にことりと頭を預けた。
 そんな風にしてもカカシは諦めなかったのだと思うと、それがとても嬉しい。諦めないでくれて本当に良かった。頬をすり寄せて怠い体から完全に力を抜いてカカシに預ける。
 今日はこのまま眠ってしまいたい。
「沢山子供作りましょうね」
 冗談とも本気とも付かないカカシの言葉を取りあえず無視して、イルカは襲い来る睡魔に逆らわないまま意識を手放したのだった。



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