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 しかし走り出したその刹那、膝からかくりと力が抜けイルカはそのまま床に転がってしまう。勢いのまま無様に転倒したイルカを見下ろしてカカシは声を上げて笑った。
「あはははは!アンタ面白いねぇ。本気で逃げられるとでも思ったの?」
 床に転がるイルカの髪を笑いながらぐいと引っ張る。
「よかった、やっと効いてきたんですね。薬が効かない体質なのかと思っちゃった」
 髪を引かれて無理矢理カカシの方を向かされたイルカはその言葉に目を見開いた。
「…薬?」
 イルカの分かり易い反応にカカシはまた、あはは、と笑い声をあげた。
「小さい頃言われませんでした?知らない人から貰ったものに口を付けちゃいけないって」
 心臓が、どくりと跳ねた。
 さっきの、水と果物。あの中に何が入っていたのだ?明らかに身を震わせたイルカをカカシはひょいと持ち上げた。
 心臓が早鐘のように脈打つ。あの中に、何の薬を仕込まれたのだろうか?
 緊張と不安のせいで震えていると思った身体は、けれど薬のせいで震えているのだとイルカはようやく気が付く。カカシの触れているところがひどく熱を持っているように感じた。
 身体の震えは止まらない。吐き出す息は熱く湿っていた。いったい何を盛られたのだろう。
 すたすたと部屋を横切りイルカはまたベッドの上に横たえられた。
「体が熱いでしょう?それに喉が渇いてるんじゃないですか?」
 風邪を引いた人間に訊ねるようにカカシはそう言ってイルカを見下ろす。そろりと伸ばされたカカシの手が額に触れた瞬間、イルカの中に電流が走った様な感覚が生まれた。びくりと身を竦ませてイルカは目を泳がす。
「……え、な、何?」
 自分の身体にいったい何が起こったのか理解できず、イルカはただうろうろと視線を泳がせた。カカシの触れたところがじんわりと熱を持っているような気さえして。おどおどと身を竦ませたイルカを見下ろしたまま、カカシは少し驚いたような顔をした。
「……アンタひょっとして、女を抱いたこともないの?」
 それは少しの笑いも含まないただ単純な疑問だった。カカシの言葉にイルカは瞬時に顔を真っ赤に染めた。
「へぇ…」
 そう呟いてカカシの口元が弧を描く。どこかからかいを含んだその表情に、イルカはますます顔を赤くする。もう二十五にもなるというのに自分にはそう言った経験がない。女とも、ましてや男となんて全く想像も付かない世界なのだ。
 けれど仕方がないではないか。屋敷の人間は誰もイルカに近付こうとはしなかった。だからといってイルカが外で遊び歩くことを、誰も許しはしなかったのだから。
 イルカは頬を真っ赤に染めたまま侮しさに唇を噛み締めた。こんな事でどうしてこんな男にバカにされなくちゃならないのだ。身体の奥から迫り上がってくる熱に瞳を潤ませて、イルカはカカシを睨み付けた。
「そんな顔で睨んだって誘ってるようにしか見えませんよ」
 くつくつと低く笑い声を漏らしたままカカシはイルカの上に乗り上げた。
「真っさらとはね。ちょっと得した気分かな。アンタみたいな男相手に勃つかどうか心配だったけど、こういう特典付きなら楽しめそうだ」
 そう言ったカカシの言葉にイルカは目を見開いた。沸き上がる熱に戦慄く身体を叱咤して、自分を見下ろす男を渾身の力で引っぱたいた。
 ぱん、と、小気味いい音が広い室内に響く。
「オレの上からどけ!」
 イルカの手の平はじんと痛んでいた。見下ろすカカシの頬もだんだんと赤みを帯びていく。叩かれたことにまるで頓着しないまま、カカシはにいと笑った。
 そうして。ぱしん、ともう一度音がする。頬に鋭い痛みが走り、イルカの頭はぐらりと傾いだ。じんと頬に熱が集まり、ようやくイルカは叩き返されたのだと分かった。
 頬を叩かれただけだというのにイルカは小さな眩暈を感じてその事に身を竦ませる。
 圧倒的な力の差。呆然とするイルカの髪をぐいと無造作に掴みあげ、カカシはうっそりと笑う。
「反抗的なのも悪くはないけどね。あんまり頑ななのもどうかと思いますよ。オレを怒らせない方がいい。優しいうちに言うことを聞いておいた方がイイって言いませんでしたっけ?」
 イルカは掴まれた髪を払いのけようとのろりと手を挙げた。けれど、その手はそのまま空を切っただけでカカシまでは届かなかった。
 恐ろしくて。見下ろすカカシの瞳の奥にはどんな感情も浮かんでいなくて、それが恐ろしくてならなかった。
 人殺しの目だ、と。何の躊躇もなく人を殺せる種類の人間の浮かべる瞳の色だと、思った。ぶるりと体を震わせてイルカは抵抗をやめた。
 イルカが今こうして生かされているのは、単にカカシの気まぐれに過ぎないのだろう。そう思わせる何かがカカシの底知れぬ瞳の奥にはあるように思えてならなかった。
「そう、いい子だね。最初からそういう風にしてくれれば良かったのに」
 何が可笑しいのかカカシはくすくすと笑っている。笑うカカシを見ながらイルカはようやく理解した。
 ここからは逃げられない。否、この男からは、けして逃げられはしないということを。
 敗北感にイルカは打ちのめされた。帰る場所も失い、逃げることも許されず、選び取る選択肢もないままここでこのまま男に犯される自分。犯され、仕込まれた挙げ句そうしてどこの誰とも分からない人間に売られていくのだ。
 死んでしまいたいとさえ思う。この先の屈辱の日々を思えば今ここでこのまま死んでしまいたいと。あまりの惨めさにイルカは思わず涙を零した。喉がひくりと震える。
 そんなイルカに頓着することもなくカカシは身に纏った衣服を手早く剥いだ。イルカを裸に剥いて、そうして自分も裸になる。
 あぁ、犯されるのだ。覆い被さってくるカカシを見てイルカは思った。悔しいのか悲しいのか辛いのか、涙は止まらなかった。
 無体な暴力で踏みにじられ、そうして自分もないままにこの先の人生を送ると思うとどうしても涙が止まらない。ひくりとしゃくりをあげるイルカを冷たく見下ろしたままカカシは涙に濡れたその頬をべろりと舐めあげた。
「ホントはね、今日は初めてだから手加減しようと思ってたんですけどね。気が変わりました。アンタをひどい目に遭わせてあげる。今よりもきっともっと絶望するような、ひどい目にね」
 泣いてるアンタは結構そそるよ。笑い声を噛み締めてカカシは言った。
 これ以上酷いことなんてもうある訳がないとイルカは思う。これ以上の絶望なんて存在するはずがないと。
 カカシが舐めた頬は痺れたような感覚を残してじんわりと熱を持っている。もう、これ以上の絶望なんて。
「舌噛んだりなんかしたらどうなるか分かってますよね」
 そう告げてカカシはイルカの唇に自分の薄い唇を押し当てた。軽く吸って、ちゅ、と音を立てて一旦は唇が離れる。そうしてまた押し当てられる唇の感触。思ったよりも柔らかいその感触にイルカはぎゅっと目を閉じた。
 優しい態度を取られるのは吐き気がするほどイヤだった。暴力のように抱かれる方がまだマシだとイルカは思う。軽く触れては離れ、イルカの唇をなぞるカカシの舌の感触はけれどひどく優しい。
「口、開いて」
 そう言ってまたカカシはイルカに口付ける。開いてといわれて簡単に開けるものか。イルカはぎりぎりと音がしそうなくらい、必死で歯を噛み締めた。唇をなぞっていたカカシの舌が不意に離れ、軽くぺちりと頬を叩かれる。
「聞こえなかった?口開いて」
 ぎり、と顎を掴まれ、あまりの痛さにイルカは思わず力を緩めた。その隙をつくようにカカシの舌がイルカの咥内に進入してくる。ぬるりとしたその感触はぞっとするほど気持ちが悪かった。上顎の裏をなぞられ温まった堅いエナメル質をぬるりと舐められる。縮こまっているイルカの舌は強引に絡め取られてしまった。擦り合わされる舌の感触にイルカの背筋に言いようのない感覚が走る。ざわざわと背中を這うこの感覚はいったいなんだろう。
 霞がかっていく意識を引き留めたくてもイルカにはその方法が分からなかった。
 口付けは止まない。角度を変え幾度も幾度も口付けられてイルカはすっかり息が上がってしまっている。苦しくてカカシの背中を小さく叩いた。
 ふい、と唇が離されてイルカは大きく息を吸い込んだ。けほりと咳き込んでイルカははふはふと短い呼吸を繰り返す。新鮮な空気がようやく肺を満たしたとき頭上からくすりと笑い声が落ちた。
「そういうときは鼻で息するんですよ」
 くつくつと笑いながらカカシはまたイルカの上に身を屈めてきた。苦しさで滲んだ視界にカカシの顔がぼんやりと映る。再び唇を重ねられてイルカは諦めたようにゆるりとまぶたを閉じた。
 逃げられはしない。もうどこにも、逃げることは叶わない。逃げ出すことも、逆らうことさえ叶わない。
 深く絡め取られた舌を意識すればじんわりと腹の辺りが熱くなった。薬が効いているのか、手足は上手く動かない。
 意識ははっきりしていたけれどカカシからの口付けを受けた辺りからどうにも身体がままならないような気がする。徐々に咥内に溜まり出す混ざり合った唾液をイルカは口付けの合間にどうにか嚥下したけれど、それでも飲み込みきれない唾液は唇から頬を伝ってこぼれ落ちていった。熱い唾液が頬を伝い冷えていく感触にイルカはぞくぞくと身を震わせる。鼻から息を抜けば、甘えたような音が漏れた。
「ん、ふっ…んん……」
 鼓膜を擽ったその音を発したのが自分だとイルカは気が付かなかった。そんないやらしい甘えたような声を自分が漏らしているだなんて。
「ふ……ふぅ……」
 滑り落ちる唾液の感触が気持ち悪い。イヤイヤをするようにわずかに首を振れば、思いのほか温かい手が唾液を拭い取っていった。
 そうやっていつまで口付けを交わしていたのだろう。何か勘違いしてしまいそうなほどの優しい口付けを。絡め取られていた舌が離れ、カカシとイルカの唇の間につうと唾液が伝うのが見えた。



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