adagio in C minor
すぐに、抱きしめるだけだった手が、湯の中、肌の上をざわめき始める。背骨の終わりあたりに当たっているカカシの性器が既に固くなっていた。
不埒な手はイルカの脚を割き、さっきまでカカシが座っていた所に片脚を上げるように強要してきた。普段はがに股でもまったく平気なのに、こう言うときばかりは流石に羞恥心が生まれる。下ろそうとしてもカカシは「だーめ」と言ったきり許してくれなかった。
「恥ずかしい…っ」
「…うん」
カカシはイルカの必至の訴えに取り合わずイルカの脚を自分の脚でおろせないようにすると、指を性器に絡め、もう片方の手で肛門に触れてきた。
「ひ…っ」
びくりと震えた。そこに触れられるだけでも気持ちがいい。そこも気持ちがいいと聞いたことはあったけれど、そういう意味合いを持って触れたことなどこれまで無かった。
勃起したイルカの性器を緩く扱きながら、カカシが後ろを揉みこむ。緩い快楽が身を浸していたが、指が体の中にめり込もうとする度、それを凌駕する痛みが体を襲い、強張った。
湯で当然濡れてはいるけれど、粘度が足りず、潤滑剤の役割にならない。
「十分お湯に浸かったよね?」
不意に投げかけられた質問に、イルカは深く考えることなく頷いた。実際にもう五分ほど浸かっていたら、湯中りを起こしそうなところまできていた。
カカシは急にイルカを引き起こし、正面の縁に手をつかせた。
「……?」
上げっぱなしで冷えた脚は湯の中に戻ったが、何をするのか分からない。
ぼんやりしていると腰を持ち上げられ、カカシに向かって尻を突き出す形になってしまう。
「――――!」
それはちょっと初心者には――――などと思っている内に、尻を軟体が這った。
「ひ――――」
改めるまでもなく、それがカカシの舌だとすぐに理解した。暴れて逃げようとすると、性器を掴まれる。途端に快楽に力が抜けて、腰が落ちそうになった。
「いやだ…っき汚い…っ」
「汚くないよ。洗ったんでしょ?」
洗ったけれども、そこが不浄を司る所には変わりなく、舌を這わせていい場所じゃないと思う。指なら耐えられたけど、ものを食べるところで刺激されるのはまた話が違う。
「…でもさっき、イルカ先生もオレにしてくれたじゃない。フェラと一緒でしょ」
そう言いながら、カカシは唾液を送り込み、指を侵入させてきた。さっきよりも衝撃は小さくなっていた。
「ほら、入った」
「ん――――…っ」
ぬくぬくと中で指が動かされる。あまり気持ちよさはなかったけれど、痛みもなくなっていた。性器を刺激してくれているから、快楽の方が勝っている。それでも常にない興奮のためかイルカの息は上がってきた。
カカシは念入りにイルカの肛門に唾液を送り込み、固く窄まったところをどうにか緩めていく。徐々に指の本数も増やされたが、イルカには時々痛みが走る程度で、それ以外のことは全く分かっていなかった。今まで味わったことがない奇妙な感覚に耐えるので精一杯になっていて、すっかり準備が整った段になってもイきそうでイけないもどかしさを抱えたまま、体中の熱を上げていた。
だからその体に乗り上げられて、腰や背中に口付けられたら、ぶるぶるっと腰が震えて自分でも思わぬ甲高い声が出た。
「ああ…ん」
その声にカカシの体がびくりと止まる。変な声でちゃった、と思わずイルカは口元を抑えたが、既に後の祭り。
「…イルカ先生…っ」
欲情したカカシがぴたりと背中に張り付き、いつの間にか冷えてしまった体に熱い体がとても気持ちいい。しかし、弛緩している間もなく、今まで散々弄られたところから指が引き抜かれ、変わりにもっと熱いものが押し当てられる。
「…あ…っ」
緩んだ入り口に先端がめり込む。口に含んだ大きさを思い出してしまい、イルカは思わず身構えた。
「力抜いて」
宥めるように性器を緩く擦られて、快楽を逃がすために溜息を吐く。わずかにそれで体が緩み、その隙を見計らってカカシが身を進めてきた。
「うあ…っ」
縁を掴む手に力が入る。じわじわと身の内に入ってくるカカシ。
「ああっ、ダメ、ダメ…っ!」
ついに耐えきれなくなって声を上げた。痛みに耐えられない訳じゃない。湯で中りそうになっているわけでもなく、ただこれまでの緊張や期待が大きな圧力となってイルカの体にのし掛かり、快楽を追う所じゃなくなっていた。
しかし、性器も固くなっていたため、カカシはそんなイルカのことなど分かってもくれず、さらに身を進めて、イルカが嗚咽を漏らし始める頃には尻にカカシの下生えが擦りつけられた。
「うう…っ、ん…」
「泣いてるの…?」
全てイルカの中に収めきって、興奮した呼気を纏った声で囁かれる。それだけで体がびくびくと震えた。何処もかしこも密着している状況に膝が笑っている。カカシの性器と腕だけでイルカは今浴槽の縁に捕まる体勢を取っているようなものだった。
「痛い…?」
痛くはない。イルカは小さく首を横に振る。
「辛い?」
辛いかどうか。確かに辛い状況と似ているかもしれない。でも悲壮感やそういった負の感情ではなくて、ただ胸がぎゅうっと締め付けられているような感じがする。
「…胸が、苦しい…」
カカシに強く抱きつかれているわけでもないのに、そこが酷く切ない。むしろ、カカシに抱きしめて貰いたいと思う。
この気持ちは辛いのとは違う。
「イルカ先生…?」
温かい体を自分の皮膚で味わっているこの感覚は、そんなものではなくて、ただ涙が溢れてきた。大丈夫?と心配そうにかけられた言葉に小さく頷く。
幸せで、死んでしまいそうだと思った。
「ん…っ」
途端に体がぞわりと蠢いた。異物としてしか感じていなかったカカシの性器をまるで迎えこむように中が蠕動する。同時にカカシに握り込まれていた性器が湯の中で震えるのも分かった。
「動いて良い?」
そのカカシの質問にイルカはまるで強請るように何度も頷いた。すぐに躊躇いがちな抜き差しが始まり、同時に体中もまさぐられる。自然と泣き声に似たような声がイルカの口から漏れたが、カカシがそれで躊躇うことはなかった。
徐々に激しくなる抜き差しに、イルカの中もこなれて来たのか殆ど違和感はなくなってきた。じゃぷじゃぷと湯を叩く音が立ち、その抵抗感がもどかしい。時々鳥肌が立つような気持ち良いところがあって、そこを掠める度にイルカは思わず、もう一度、とそこを捜すように腰を揺すった。
「スゴイ…イルカ先生…。すごく気持ち良い…」
いつにも増して色気の含まれたカカシの声にさえ、快感を拾ってしまう。自分でもきゅうっと中のカカシを締め上げてしまったことに気が付いた。けれど、どうやって緩めればいいかさっぱり分からなかった。
「あ…っ、ああ、ん、ん…うぁ…っ」
声を我慢しようと言う気持ちは全くでてこなかった。そうしないと死ぬという勢いで呻きを上げる。痛みには多少強くても、快楽には我慢できない。カカシの触れるどこもかしこも気持ちよくて、そこから生まれる熱を逃がそうと必至だった。
もっと痛くて苦しいと思っていたのに、今となっては苦しみを思い出すことの方が困難なくらい、全身がカカシの一挙手一投足に身構えている。期待していると言っても過言ではない。体の奥がじんじんと疼いていた。
カカシは荒い息を吐きながら抜き差しを繰り返している。中を擦られるのと同時に前も扱き上げられてもう、我慢もできなかった。
「い、イク…っ」
後ろは初めてなのに、掻き回されてちょっと前を刺激されるだけで、吐き出してしまうくらいに気持ちがいい。
「あ、ああ…っ!」
抜き差しが激しくなり、中の気持ち良い箇所を擦られたと思ったら、頭の芯が痺れて真っ白になった。ぶるりと体が震えた瞬間にイルカは盛大にカカシの手と湯船の中に吐き出してしまっていた。
達した締め付けにカカシは更に激しく中を擦ってきて、何度かイルカの敏感な体を揺すった後に、勢い良く自身を引き抜いた。そして、ぎゅうっとイルカを抱きしめたままイルカの尻にたっぷりと吐き出した。それがとても熱く感じる。湯よりも熱いはずはないのに。
体はまだ余韻に時折びくっと戦慄いている。カカシは精の溶けた湯船にちからの抜けたイルカを浸して置いて、ざっと体を洗ってシャワーを浴びた。
イルカは指一本動かせずに目を閉じて体力の回復を待つしかない。自分の体から立ち上る汗の臭いが鼻についたが、今は何もしたくなかった。まだカカシを脚の間に挟み込んでいるような気がして、脚を閉じることが出来ない。股関節脱臼ってこんな感じかなと思いながらカカシがシャワーを浴びている音を聞いていた。
一通り自分の体を洗い終えたカカシは軽々とイルカの体を湯船から引き上げたときには、イルカの意識は半分眠りに溶け込んでいた。だから抵抗する間もなく気が付いたときには洗い場に水揚げられてしまっていた。
「洗って上げますよ」
カカシは上機嫌でボディーソープを染み込ませたスポンジをくしゅくしゅと揉みこみながら近寄ってきた。
「じ、自分でします…っ」
こんな状態でカカシに触られたら退っ引きならない状態に再び陥ってしまうとそう思った。カカシはちぇーっとナルトのように口を尖らせて、素直に身を退いた。
不自由な握力でカカシから手渡されたスポンジを掴み体を磨く。
――――アレ。
「…さっきのと違う…」
さっきイルカが体を洗うために使った洗剤はもっと香りが強かった。シトラスの香りの泡立ちが良い石鹸だったのに、スポンジに取っているのにも拘わらずこちらは余り泡立ちが良くなく、臭いも微妙だ。
「ん?」
イルカの呟きに湯船の湯を抜いていたカカシが振り返る。
「ああ、それ、俺がいつも使う石鹸なんです」
こっち、とカカシが示したボトルはさっきイルカが存在に気付きながらも使用しなかった洗剤だ。
「出来れば無臭の無添加のものが好きなので…。こっちはイルカ先生用に下ろしたんですが、多分ナルトが一番先に使いましたね〜…」
ふふ、とカカシはさっきまでの情事など無かったかのように穏やかに微笑んでいる。でもその指先が震えているのを、イルカは知っていた。スポンジを受け取るときに見えてしまったから。
「ちょっと独特だから気に入らなかったら洗い流して、こっち使って」
差し出された新しいボトルをイルカは断り、カカシが普段浸かっている石鹸で体を洗った。カカシはそれを止めることなく、浴槽を洗うと、「早く上がってきて下さいね」と風呂場を後にした。
カカシから殆ど体臭らしい臭いは感じられなかったけれど、この石鹸で洗っているからかもしれないな、と思いながらシャワーで体を洗い流した。
そして、いざ立ち上がり脱衣場に行こうとしたところで腰が抜けて立てないことに気が付いた。
「ええええ…!」
自分の体のことなのに驚くしかなくて、悲鳴のような声が出た。それからすぐにぱたぱたという足音が聞こえて、カカシが顔を出した。
「どうかしましたか…っ」
「か、カカシ先生…っ、腰が抜けて…」
気が付くと四つん這いも難しく、へたり込むのでやっとだった。カカシに支えられながらどうにか脱衣場に辿り着くことが出来た。まさか本当に股関節を脱臼したんじゃないだろうかと不安になったが、カカシは苦笑したまま「暫くゆっくりすれば治るとは思いますけど、無理させちゃいましたかね」と、柔らかいバスタオルで包んでくれる。
「…そ、そんなこと…」
カカシの所為だけじゃない。イルカだってしたいと願っていたから、これは訪れて当然の結果だったのだ。
「と、取り敢えず服を着るので、出ていって下さい…っ」
恥ずかしさに居たたまれず、カカシを脱衣場から追い立てる。
まさかカカシとの初めてが風呂場になるとは思っても見なかった。乙女っぽい思考かもしれないが、イルカの妄想ではベッドでこうしっぽりと思っていた。
まあ、気持ちよかったし、カカシも優しかったし悪くはなかったと評しながら、イルカはのろのろと体の滴を拭き取り、そして、用意していた着替えを捜した。
しかし、そこには見慣れない浴衣があるだけでイルカが準備した寝間着も下着もない。もって来たよな、持ってきたはず、とイルカは先ず自分の記憶を探り、確かにバッグを漁ったと確信を抱く。ただ、ぼんやりとして浴室に入ったから実際に何処に置いたかまでは思い出せない。
「か、カカシ先生〜…っ」
湿気たバスタオルにくるまったままイルカはカカシを呼ぶが、返事がない。さっきはあんなに大急ぎで来てくれたのに、何に夢中になっているのだろうか。
しかしそのままで居たらまた風邪を引いてしまう。同じ冬に二度風邪は引かないと聞いたことがあるが、風邪を引くように積極的な行動を取れば別の話だろう。
仕方なくイルカは緑がかったような茶色の浴衣を羽織った。帯は浴衣の下に置いてあるのに、はやり下着はなく、心許ない気分で一杯になりながら脱衣場から出た。
カカシの言うとおり、さっきよりは大分歩けるようになっている。
「あ、イルカ先生! 似合う〜」
イルカを見つけたカカシの姿を見て、溜息が出た。さっきは全く気付かなかったがカカシの着ている寝間着がイルカのものだったからだ。
「…カカシ先生、それ、オレの…」
「イルカ先生こそ、その浴衣、オレのですよ」
カカシは悪びれた様子もなくにこにことしている。部屋が暖まっているから浴衣一枚の格好でも寒くはなかったがいかんせん下着がないのは心許ない。
「……まさか、オレの下着までカカシ先生が穿いてるんですか…」
「いいえ。洗っちゃいました。置いてると穿いちゃいそうだったので。それよりも」
それよりも…って、こんなぶらぶらですうすうの心許ない状況で居ろというのか。反論しかかったイルカをカカシは座るように促した。居間のテーブルには箸と箸置きが準備されている。ナルトは明々とした居間に敷いた布団で寝息を立てて眠っていた。
「あ、今聞こえた?」
台所の方からカカシが嬉しそうに声を掛けてきた。カカシに促され何の事だと思いながら耳を澄ますと、遠くに鐘の音が聞こえた。
「ほら、今の…!」
ごお…んと厳かな音が耳に届く。時計を確認するともうすぐ十二時になろうかとしている。カカシを振り仰ぐと、笑顔で、丼を運んできているところだった。
「何とか間に合いましたね、年越し蕎麦」
差し出された丼の中には湯気の立つ蕎麦。具はエビ天とネギと紅白かまぼこ。この蕎麦に備えて夕食を控えたせいか、激しい運動をした所為か、急に空腹を感じ、座っている所為もあり自分が下着をつけていないことなんて忘れてしまった。
「美味しそう…」
「どうぞ。お口に合うと良いですけど」
すぐにイルカは手を合わせて箸を取った。
隣に座ったカカシの丼の中にはエビ天がない。やはり天ぷらはどんなときでも必要性を感じていないらしい。美味しいのに、と思いながら、イルカは蕎麦を一口啜った。
「ん、美味しい…!」
お世辞ではなくそう感じた。カカシとは味覚が合うと思っていたけど、手料理を食べて本当にそうだと実感する。塩味といい甘味といい加減が似ていて、ここまで来るとどれもハズレがないんじゃないかと思う。
「良かった〜」
並んで手作りの年越し蕎麦を食べながら除夜の鐘を聞くなんて、なんて幸せなんだろう。かつてカカシもこの幸せを味わっていたのに違いない。両親とカカシと。もしかして兄弟も居たのかもしれない。
その幸せな状況を再現するのにあたり、選ばれたのが自分で何となく嬉しい。さっきは切ないばかりだった胸がほかほかと温まるようだったのは何も蕎麦だけの所為じゃない。
二人で黙って除夜の鐘を聞きながら蕎麦を啜り、途中でテレビを点けて時報を確認する。どのチャンネルでも同じようなことをしていた。あと十数秒で新年というところでテレビのキャスターのカウントダウンに合わせてイルカも心中で数を数える。カカシに今年一番早い挨拶をするつもりで。
しかし、あと数秒と言うところでカカシが気を引くようにイルカの肩を引いた。
「イルカ先生」
呼ばれて振り返った。
するとすぐに視界が翳り、抗う間もなく、唇を奪われていた。
テレビではその瞬間に「明けましておめでとうございます!」とバカ騒ぎを始める。そんな物音も右から左に筒抜けていってしまう。今、イルカに留まるものはカカシしかない。
バカなことをするなと思ったのは一瞬だけで、舌が絡み、腕を強く掴まれるとそんな考えも霧散した。
カカシに集中したくて、手探りでテレビのリモコンを捜し、カカシにそれを制されて、そのあとすぐにテレビが消えた。カカシがリモコンを探し当てたのだろうと思った。
テレビから溢れるバカ騒ぎがなくなった今、その空間を震わすのはナルトの寝息と舌の絡む水っぽい音だけだ。
カカシが着ている自分の寝間着にしがみつく。さっきまで快楽に溺れていた体はその余韻を残していたらしく、あっさりと陥落しそうだった。
捻挫と一緒だ。捻挫は一度起こすと治っても起こしやすい。快楽も一度覚えてしまうと、すぐに馴染んでしまう。
たっぷりと鰹出汁の口づけを交わし、何とか離れられたのは、イルカの口内が唾液で溢れ、嚥下したためだ。カカシはイルカの口角から零れた唾液を舐め取ると、最後にもう一度ちゅっと唇に吸い付いてきた。
そして、漸く「あけましておめでとうございます」と挨拶をした。なんてロマンチストな男だと思ったが、それに流されてぽやーッとしているイルカにもその素質があるのだろう。気合いを入れていたはずなのに、ぼんやりとしたまま「あけましておめでとうございます」とまるでオウム返しのような挨拶になってしまった。
「今年もよろしくお願いします」
と付け加えたら、カカシの目がキランと光った。
「じゃあ、よろしくされようかなあ…!」
まるでオヤジのような言葉遊びでイルカに襲いかかってこようとする。その鼻先をどうにか抑え付けて、押し倒されることだけは何とか免れた。
「まだ、食事の最中です…!」
折角作ってくれた蕎麦を残したくないし、このまま流されてしまうと元旦から足腰立たなくなりそうだ。元旦は出来れば初詣か初日の出を見に行きたい。カカシと一緒にそういう節目のお祝い事をこなしていきたいと思っていた。
そんな気持ちがカカシに伝わったのか、カカシは口を尖らせて、丼を台所に持っていった。
ほっと、一息を吐き、折角の食事を再開しようと箸を握ったが、指先が酷く震えて巧く握れない。さっきのキスで呼び覚まされてしまった快楽が体中を蔓延していて、筋肉が弛緩しているようだった。
「大丈夫ですか? 食べさせて上げましょうか?」
にやにやとしてカカシが見ている。こんな時はなんて意地悪なんだろうか。
「結構です!」
イルカは断固拒否して、握り箸に蕎麦を絡めて出汁から引き揚げた。巧く引き上がったと満足し、食らいつこうとしたら、それはつるりと箸から逃げて、イルカの胸元に落ちた。
「わっ!」
「ちょっと…!」
浴衣の襟刳りから運悪く中に滑り込んでしまう。
慌ててカカシも駆け寄ってくるが、すでに蕎麦は温くなっていたらしく、やけどはしていない。
「だから言ったのに〜! やけどしたら危ないでしょう」
カカシは不服そうにそう呟く。
「…、そ、そもそも浴衣じゃなくて普通の寝間着だったら…」
こんなことにはならなかった――――。
そう続けたかったのに、それはイルカの口から漏らされることはなく、変わりにうめき声が溢れた。襟刳りを大きく開いたカカシは、手で蕎麦を掴んで取り除くでもなく、臍の辺りで蟠った麺にそのまま食いついたからだ。
逃げる麺を舌で追いかけられ、吸い付かれる。
「――――ヒっ」
さっきの口づけで煽られた欲が燻った体には辛い。びくびくっと敏感に反応して箸を取り落としてしまった。麺を捉えた舌はそのままイルカの肌を離れることはなく、出汁に濡れた胸を丹念に舐めていった。
「…やっ、カカシ先生…っ!」
そして、乳首にも甘く舌が絡みつき、イルカは全身の力が抜けてしまうのを感じた。
「イヤって…イルカ先生。でも、もうここはこんなんだよ…?」
カカシがイルカの浴衣の裾をめくり上げれば、既に固くなった性器が頭を覗かせた。
「このままじゃ浴衣にしみがついちゃうね」
今にも濡れ出しそうな性器を揶揄して、カカシはそんなことをイルカの耳に吹きかける。そもそもイルカの寝巻きを奪ったのはカカシじゃないか。こんな高そうな浴衣を着せてイルカを煽るのはカカシなのに、なんて言い草だろう。
「下着…穿かせてくれなかったから…っ」
そうだ、下着さえ穿いていたら少しは抑え付けられてもう少し我慢もできたかもしれないのに。
「…じゃあ、汚さないようにつけてあげる」
カカシがそう言って取りだしたのは下着などではなくて、イルカの持ってきたコンドームだった。止める間もなく個包装のビニルを破き、薄いゴムをイルカの性器にあっという間に被せた。ピンク色のゴムはまるで性器を充血して濡れているように見せる。
「そんな…っ」
体は勝手に興奮し、引き下がることもできないところまでカカシに押し上げられてしまう。再び箸を握ろうなんて言う気持ちはもう一切なかった。
「お蕎麦でもうどんでもいつでも作ってあげる」
そんなイルカの状況に気付いての確信犯カカシがイルカの胸を揉みこむ。カカシの唾液で濡れた乳首がつやつやと光りを反射していて見ていられない。
「だから、ね。しましょうよ。イルカ先生のこんなエッチな格好見てたらおさまりつかない…」
そう囁かれて抱きつかれればイルカも頷かざるを得ない。どうせ、もうイルカだって出さなきゃ落ち着かないところまで煽られてしまったんだから。
小さく諾意を示せばその瞬間にカカシの顔が喜色に輝いた。
「あ、で、でも…っここは、ナルトが…」
今にもがっつきそうなカカシを何とか制すると、すぐに抱え上げられて隣の部屋に運び込まれた。そこはベッドと書架のみの寝室だ。初めて入る恋人の寝室を鑑賞する間もなく速攻でベッドに下ろされて、すぐに上からカカシが覆い被さってくる。
まるでケダモノのようだ。
イルカは今日何度目か分からない口づけを受けながら思った。
これまでニュートラルな時間が多かったため、こんな風に激しく求められるなんて全く考えていなかった。二十もゆうに超えた成人男性がこんなに余裕もなく何度も襲いかかってくるだなんて誰が想像するだろう。
「あ…っ、あん…、んん――――…っ」
カカシの手がコンドーム越しに性器に絡み、忙しなくイルカの気分を高めようとしている間に、唇は丹念に乳首を吸う。くすぐったいと思いながらその感覚に耐える。しかし、カカシは飽きることなく交互にそれを舌先で転がし、次第にそこを刺激されるだけで腰が震えるようになってしまった。
「敏感…だねえ…。イルカ先生…」
「…や、だ…っ 言うな…っ」
イルカに着けられたコンドームの中は既に先走りの液をため込んでいるに違いない。怖くて見ることは出来なかった。
「…だいたい、あんなに沢山コンドーム持ってきて…。どれだけオレとするつもりだったんですか…?二人とも着けて、一回一回替えたとしてもそれぞれ二十回はいけますよ」
その言葉にかあっと熱が上がる。確かに、それだけやりたいと思っていたと受け取られても仕方がないような気がした。
「だ、だって…どうやって持ってきたら良いか分からなくて…」
個包装を裸でバッグの中に入れておくのもどうかと思うし、小分けにして巾着袋というのも、女性の生理用品みたいで抵抗がある。確かに男の生理用品であるだけにさらに居たたまれない。どうして良いか分からなかったイルカは、男らしく箱ごとバッグに詰めたのに過ぎない。
しかし、それも言い訳にしかならない。もっと個数の少ない箱だってあったのだから。
「イルカ先生のご要望にお応えして、今日はもう沢山可愛がって上げますね」
カカシの頬に浮かんだそれは、いつもの穏やかな笑みなどではなくて、日付の上でつい昨日知ることになった色欲をふんだんに含んだ艶のあるものだ。イルカもそれだけでどきり期待してしまう体にいつの間にか作り替えられてしまっていた。
恐らく、初詣も初日の出も無理だろうなとイルカはそう観念するしかなかった。
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