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adagio in C minor




 何が起きているのか状況把握をしようとする前に、ソファに押しつけられる。自分の体に襲いかかってきたものがカカシだと理解するまでに暫く時間がかかった。
「どこ?」
 歯が当たるがつがつとした口づけの合間に、カカシが問う。なんのことか分からずにイルカは目を白黒させるしかない。いつの間にかカカシの口布が取り去られているなあと頭の端で気が付いたが、すぐに消えていった。
「どこ、コンドーム」
 そういわれた瞬間に頭が真っ白になってしまった。自分胸部を探るカカシの手が性的な意味合いを持つものと漸く認識し、その途端に体が燃えるように熱くなる。もう一度どこかと問われて、イルカは素直にバッグの中と応えた。
 カカシは真面目な顔をしてイルカのバッグの中を漁り、簡単にイルカの隠し持っていたものを見つけだすと、その箱をテーブルに置き、再びイルカをソファに押しつけた。
「あ…っ、ナルトが…居るのに…っ」
「関係ないでしょ」
 耳を甘噛みされて、イルカの体が自分の意志とは関係なくびくっと震える。すぐに唇を塞がれて上着を鎖骨までたくし上げられた。拒絶とも言えない拒絶は全てカカシの唇の中に吸い込まれてしまう。手荒に胸を揉まれ、乳首を捻りあげられて、痛いと思っているのに、体は熱を上げていく。
 ズボンのジッパーを引き下げられて、中に手を入れられると流石に身を捩った。
「だ、ダメ…っ、ナルトが…」
「ナルトは今風呂」
 カカシは聞く耳を持たず、抵抗するイルカの陰茎を引きずり出した。既に固くなっていて、一度表に出てしまえば抑え付けることなんて出来ないほどになっている。
「…すごい…」
 カカシの思わずと言った呟きに、イルカは居たたまれず、カカシの肩に顔を埋める。自分のそんな堪え性のない様子を正視するのは耐えられなかった。しかも同性のカカシに弄られて。
 カカシはしかし、そんなイルカの様子を笑いもせず、真面目な顔をしていつの間にかテーブルにぶちまけたコンドームを一つ取り、使い慣れていますと言わんばかりに手早くイルカに被せた。
「ん――――っ」
 微妙な締め付けとカカシの手に擦られて、体が戦慄いた。そのままカカシの手はイルカの性器に絡みつき、上下に擦り始める。
「あ…っ、ん…っ」
 電気が煌々とついた居間で、じっくりとカカシに見られて恥ずかしい。快楽を与えてくれているのがカカシの指だと思うと快楽が深く我慢することも出来ずに、呼吸を荒くする。
「…オレだって我慢してました。何度襲いかかろうと思ったか分からない…」
 空いているもう片手でカカシはイルカを抱き寄せ、耳や腕、髪、至る所に触れて、そうイルカに告白した。秘め事のよう直接耳に吹きかけられて、それだけで性器がびくんとカカシの手の中で震える。
「…いつ…?」
 カカシがいつ自分にそんな風に感じたのだろうか。今まで全くと言っていいほど性的な臭いを感じさせなかった人が、いつ自分に欲情してくれていたのか。
「風邪でふうふう言っているときに、その口に突っ込んでやろうかと思った…」
 それは穏やかじゃない。けれどイルカは震えるほど嬉しかった。ぎゅうっと抱きつき、自分から唇を求める。すぐにそれは与えられて、性交そのもののような粘膜の絡む口づけを交わす。お互いの鼻息が荒くてみっともないだろうが必至で、その舌を追い、舌で追い立てられた。
「…ヒ…く…ぅっ」
「ん、いって…」
 固く尖った乳首を指先で転がされながら、激しくコンドーム越しに性器を擦られる。カカシに唇を塞がれていなかったら霰もない喘ぎを上げていたに違いないと分かるほど、ひどく感じていた。
「――――っ」
 ぎゅうっとカカシの服を握りしめ、跳ね上がろうとする体を押さえつけられながらイルカは達した。カカシは愛しいと言わんばかりにイルカの頬や目蓋に口づけながら、精液の溜まったコンドームをイルカの性器から引き抜き、ティッシュに丸めてゴミ箱へ投げた。いそいそとイルカの服を元に戻す。
「次、風呂に入って」
 まだ艶を残す声でカカシはそう囁いたかと思うと口布を引き上げて、ざっとコンドームを手の中に隠した。
 ――――カカシは興奮しなかったのだろうか。
 そうぼんやりと思っていた所にガラッという音が聞こえた。その音はカカシが立てたものでなければ、イルカが立てたものでもない。
「上がったってばよ〜」
 そう言いながら居間に姿を見せたのはナルトだった。そうだ、すっかり快楽でかき消えた存在だったが、急になくなったりするはずもなく、イルカの意識はナルトを見て少し熱から醒めた。
「イルカ先生、どうしたの。ぼんやりして」
 ナルトは頬を真っ赤にして髪の毛がぼさぼさになってしまっているイルカに興味が牽かれたのか、無邪気に寄ってくる。
「イルカ先生は今日仕事だったからな。今ちょっと眠っていたの」
 良いからお前はちょっとこっちゃこい、とカカシが巧くナルトの関心を引いてくれた。イルカはまだぼんやりとした感覚のまま、荷物の中から着替えを取り出す。快楽の余韻のために握力がない。震える手でどうにか着替えを揃えると、カカシとナルトが布団を抱えてやってきた。
「お前は今日、泊まる予定がなかったから文句はナシ。今日はここで寝なさい」
「へーい」
 ナルトとカカシは居間のテーブルを少し避けて小さなスペースを作り、そこに布団を敷いていた。風呂上がりでほかほかのナルトはそのまま冷たい布団に潜り込み、気持ち良い!と言いながらはしゃいでいる。
「イルカ先生、お湯が温くなっちゃうよ。お風呂こっち」
「あ、はい」
 カカシに促されて、イルカは立ち上がり風呂場へ向かった。
「タオル、ここにあるヤツ使って。洗濯カゴここ。シャンプーとリンスがこれ、ボディソープはこっち」
 簡単にカカシが風呂場を説明してくれる。イルカの家の風呂よりも五割り増しで広い。ゆっくり出来そうだと思ったイルカにカカシがそっと囁く。
「一緒に入ろうか?」
 咄嗟に思ったことはそれじゃゆっくり出来ないということだったのに、体はソッチにばかり敏感らしくて、かっと熱を上げてしまう。真っ赤になったイルカが何も言えなくなっている内に、カカシはあっさりと脱衣場を出ていってしまった。
 まさか冗談だよなあ…と思いつつ、イルカはさっきまで半分脱げかかっていた筈の服を改めて全部脱ぎ、風呂に入った。
 掛け湯をして、いつもなら湯船に浸かるところだが、まだカカシが後から入ることを考慮して先に髪と体を洗った。カカシが説明してくれたもの以外にもボトルが置いてあり、もしかして風呂の道具を揃えるのが好きなんだろうかと思った。
 一人じゃなかなか浸かる機会のないたっぷりのお湯に浸ってじっとしていると、どうしてもさっきのことを思い出してしまう。
 カカシが余裕無くイルカのことをソファに押しつけてきたのは吃驚したけど、その後のことは嬉しかったし、気持ちよかった。最近とんとご無沙汰だったためか、それとも相手がカカシだったせいか、反応も早くて、失神するかと思った。あの感覚を思い出して一人で抜けそうなほど良かったし、これまで露ほどそういう顔を見せなかったくせに、イルカを責め立てる顔は酷く真剣で、色っぽかった。カカシは無意識だったかもしれないが、唇を舐める仕草は――――もう止めて欲しい。フラッシュのように網膜に焼き付いている。
 イルカはその映像を思い出すだけで反応してしまいそうになる自分を誤魔化すために湯船のお湯でばしゃばしゃと顔を洗った。
 その時、がたがたっと脱衣場で物音がした。
 当然イルカは硬直してその扉の向こうを見つめる。脱衣場と浴室を隔てる磨りガラスは詳細をぼかしていたが大まかなシルエットは分かってしまう。そこに、カカシが居た。ナルトじゃない。ナルトは金髪だし、第一もっと小柄だ。
「――――」
 何か言おうと思うけれど、何も言葉が出てこない。カカシがそこで服を脱いでいるという状況が分かるのに、イルカは硬直したまま動けなかった。湯船の縁をぐっと掴んだまま、食い入るように磨りガラスの向こうを見てしまう。
 カカシは下着も脱いでしまうと、そこで何か作業を始めた。何をしているか分からない。着替えるだけなのか、入ってくるつもりがあるのか判断できなくて、イルカの緊張はピークに達しようとしている。
「か、カカシ先生…っ」
 思わずうわずった声が出た。
「はい?」
 扉の向こうからは平時と変わらない穏やかな返事が返ってくる。
「あの…、何してるんですか…?」
「ん? 洗濯。洗濯機の中にもうセットしておこうと思って」
 確かにカカシの動作は洗濯カゴの中から汚れ物を移し替える動作にも見える。しかし、それならなんでカカシはすっぽんぽんになったんだ。自分が風呂にはいるときで良いじゃないか。そう思ったら、カカシが扉を開けた。
「一緒に入ろうね」
 すなわち、今入ると言うことか。
 カカシは全く物怖じせずに浴室に足を踏み入れ、イルカが浸かっている湯船から洗面器に湯を汲み上げて掛け湯する。
「あ、あの…っ、おれ上がりますから…っ」
 そうだ、イルカはもう洗髪も済んでるし、十分に温まった。
「恥ずかしいんですか? ふふ、いいじゃない、一緒に入りましょうよ」
 湯船から逃げようとするイルカを素早く捉えて湯船の中に引き戻す。対面して座る形になり、イルカが抗っている内に、口付けられた。
 すぐに舌を絡められて、手がイルカの肌を滑る。温まっているせいか妙に感覚が鋭敏になって、ちょっとしたことでひくりと筋肉が痙攣した。
「な、ナルトが不審がるでしょう…っ」
「大丈夫、寝ちゃいましたよ」
 カカシは口づけ喋りながら、イルカの腰を自分の方に引き寄せる。湯の中のカカシは既に形を変えていて、イルカは湯の中に入っているのにも拘わらず、ぞくりと何か寒気のようなものを感じた。
 ほんの一時間前まで、全くイルカに触れてこなかった人がなんて変わり様だろう。我慢の閾値を超えてしまった反動のようだ。
 しかし、さっき出したのはイルカばかりで、カカシはもしかして少し切羽詰まっているのかもしれない。出して上げれば少し落ち着くのかもしれない、とイルカは口づけをしたまま、おそるおそるカカシの性器を捜し、それを緩く握った。
「なに、してくれるの…?」
 唾液で濡れた薄い唇に視線が釘付けになってしまう。諾意としてその唇に吸い付くイルカはすでにカカシの雰囲気に飲まれてしまっていたが、それに気付くことはなかった。その風呂場に於いてイルカが冷静になることはなかったからだ。
 ちゅ、ちゅっと音を立てながら唇を吸いながらカカシの性器を扱く。カカシのものとは思えない赤黒い逸物だったが不思議と恐れはなかった。むしろ、触れてさらに興奮しているイルカが居た。
 自分が触れられることと同じくらい、固くて太いカカシを手に感じることで高ぶってしまう。それは、イルカの気持ちを煽るようにカカシが体中に触れてくる所為かもしれないし、粘膜同士が触れ合う口づけの所為かもしれなかったが、何れも止められないからなにがそうさせているのか原因はいつまでたっても分からないまま。
 いつの間にかお互い膝立ちになり、カカシに促されるまま、イルカの手の中には二人分の性器が握り込まれていた。やはり湯の中でちゃぷちゃぷと音を立てながら擦り付け合う。
 カカシの手はイルカの尻に回り、そっと肛門を揉んでいた。異物感を覚え、眉を寄せる。
「…男の経験は…?」
「…ない…」
「そう…」
 満足そうにカカシは呟き、飽きることなくイルカの唇を吸う。
 肛門を探られることに違和感はあったが恐れはなかった。どちらかのそこを使うことになると思っていたし、十中八九イルカが下になるだろうということを覚悟していたからだ。それでもカカシとしてみたいという気持ちのほうが強かった。
「カカシ先生、座って…」
「え…?」
 イルカが浴槽の縁を示すとカカシはそれに素直に従う。イルカはカカシの両脚の間に陣取り、尚も手で刺激していた性器をまじまじと正面で見る体勢になる。固くなり血管を浮かせている様は恐れを抱くものだと思っていたけれど、イルカと触れ合ったための変化だと分かっているため、安堵や嬉しい気持ちの方が強い。
 風邪を引いてぐったりしていたイルカの口に突っ込みたかったと言ったカカシ。求められているならば協力してもいいんじゃないかと思った。
 イルカはそっとその性器を手に取り、先端に口付けた。恐怖は殆どなかった。
「え…っ」
 驚いた声が上がり、すぐにイルカの手の中で性器が震える。同性であるイルカはその反応がただの驚きではないということが分かったから、そのまま中程まで口に含んだ。今まで湯に浸かっていたためか水の臭いしかしない。思ったよりも口に含むという行為は苦行でないことがイルカを増長させた。
 弾力のある雁首や、先端の穴、裏筋など、自分が気持ち良いと思える箇所がどこか思い出しながらそこを重点的に舌で辿る。先端を吸いながら根本を扱くとカカシがうめき声を上げた。痛いのだろうかと思って顔を上げると、カカシは白い肌を紅潮させて、イルカのことを見下ろしていた。
「…続けて」
 そっと強請るように頤を辿られて、耳を弄られる。それだけの行為に鳥肌が立った。
 カカシは気持ちよかったのに違いない、とそう思うと、行為にも自然と熱が入った。躊躇いを感じなくなったイルカは手で性器を刺激しながら、陰嚢を口に含んだ。左右交互に口に含み吸い上げると、そこも性器同様に膨れる。女性の胸に顔を埋めるのと変わらない興奮を抱いてイルカはカカシの股ぐらに顔を埋めていた。
「……っ」
 カカシの腹筋に力が入っている。もうそろそろイく瞬間が近いことがイルカにも分かった。しかし、それは予想よりも早く、根本から先端に向かって広げた舌で舐り上げた瞬間に、大きくカカシの性器が震え、目の前に白いものが散った。身構えていなかったイルカは吐き出したものを顔で受け止める羽目になってしまった。
「――――ああ…、ゴメンね。イルカ先生」
 カカシは荒い息を吐きながら眉尻をへにょりと下げて、イルカの顔を拭ってくれる。その手が冷たくて、カカシの体が冷えてしまったことを咄嗟に悟った。濡れた体のまま湯の外へ出たため体が冷えてしまったのは当然だ。
「…お湯に浸かって下さい」
 顔を綺麗にしてくれているその手を取り、イルカはカカシを湯船の中に引き込んだ。素直に従うカカシがさっきのように対面に座るかと思いきや、イルカはカカシに背後を取られ、後ろから抱きこまれる姿勢になる。案の定カカシの体は冷えていて、背中に冷えた胸が密着し、茹だりそうな体に気持ちがいい。足が伸ばせないのは、ちょっとマイナスポイントだが、後ろからがっちりと抱き込まれているため、全身の力を抜いてリラックス出来るところはいいなと思った。
 しかし、カカシがそんな弛緩を許さないとばかりに耳に食らいついてきた。
「ひっ」
 油断していたイルカはびくっと肩をすくめる。自然と逃げを打とうとした体をカカシは追いかけ、引き寄せて、項に吸い付いた。
「あっ」
 ちりっとした焼け付くような感覚は、痛みだけではなく甘いものにも水を向ける。そのままぎゅうっと強く抱きしめられた。
「しよう」
 そう囁かれて、鳥肌が立つ。嫌悪感から生まれたものではなく、くすぐったさと期待から生じた現象で、すぐにぶわっと毛穴が開いたようになる。頬に口づけを落とされて、誤魔化すようにカカシには悟られないように、頷いた。勿論、カカシが気付かない筈なんて無いのだが。



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