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adagio in C minor




 しかし、イルカへのプレゼントが決まらないまま十二月に入ってしまったし、お互いにやたら忙しくなってしまい、何が欲しいのか探る機会も逸してしまった。
 クリスマスに会う約束をしている上、師走に入り、何か欲しいものがあるのか聞いてしまえば、どんなに鈍い人間でもクリスマスプレゼントのことだと勘付くだろう。相手に欲しいものがあって、それを強請られて買うのも有りだとは思うけれども、それではあの老婆の持つイヤリングほどの価値は生まれないような気がする。
 何か、意外なもの、それでいて思い出に残るもの。
 勝手にハードルを高くしている感が否めなかったが、初めてまともに参加するクリスマスというイベントに気合いだけは十二分のカカシだった。
 因みにアスマの欲しいものはライター用のガス、紅の欲しいものは永遠の美しさという名のエステパスポート、ゲンマは気の利いた女で、ガイはジョーバだとか言っていた。三代目はでっかい御影石が欲しいと言っていた。何にするのか聞いてみたところ、自分の墓石にするのだと笑っていた。それをこつこつ自分で彫るのだという。笑えない。石屋に任せた方がいいと思う。
 カカシは自分の欲しいものを考えたとき、ちょっと困ってしまった。
 それはイルカ以外に考えられなかったからだ。
 第三者から見ればゲンマの欲しいものと大して変わらないかもしれないし、下手をすればもっと下世話な話かもしれない。
 イルカとはお付き合いをしている間柄で、キスしたり手に触れたりと言うことはしばしば実行してきている。しかし未だにカカシはイルカと体を重ねたことが無く、まだお互いの家に行き来したこともない。三十目前成人男性とは思えない清い間柄を続けているのだ。
 付き合い始めた当初はそんなこと全く考えなかった。初めてキスをしたのだって付き合い始めてから少し経ってからだったし、そんな衝動に駆られることはまず無かった。イルカを意識したのが、彼の自慰行為を覗いてしまったという性的なものだったのにも拘わらず――――。
 イルカの唇を知ってから欲求が後から後から沸いてくるのを感じる。また口付けたい、もっと長く味わいたい、いつでもそうしたい、もっと先に進みたい。
 一つイルカが許せば貪欲な本能が先へ先へと進んでいこうとするのをカカシは意志の力でどうにか抑え込んでいた。イルカは男だし、カカシも男だ。先に進みたいといくらカカシが願っても、やはり怖い。イルカに断られることも、実際にことに及ぶ段になって自分が役に立たない可能性があることも、体験が無いから何一つ自信を持って行えない。それでも本能はアレが欲しいと切実に訴えていた。
 勿論、イルカがカカシと同様にお互いを欲しているなどと楽天的な考えに落着するわけもなく、結局、イルカの欲しいものなど、本人に聞かない限り分かるわけもなかった。



 ある日、子供達と任務に出ていた日だった。
 午前中と午後とで二つの任務を掛け持ちしていて、次の任務まで暫く時間があることから子供達と一緒に茶屋に入った。
 そう言えば、桔梗峠の任務は最後がこんな茶屋だったと思い出して、少し懐かしんでいたら、目敏いサクラが「イヤらしい」とカカシの隣から離れて、ナルトの隣に行ってしまった。思い出し笑いをしているように見えたらしい。
「男がイヤらしくなかったら国は栄えないよ」
 と真実を告げると、サクラは更に反感を抱いたようで、口を変な形に歪めて仰け反った。
「それはカカシ先生だけで十分ですぅ!」
 サクラが誰の股の間から生まれてきて、それはそこに誰が突っ込んだ結果か教えてやろうと思ったが、サスケもナルトもちょっとカカシを変な目で見ていたから、それ以上その話を掘り下げるのは止めた。味方であるはずの同性も若いと異性と変わりない。あと二三年も経てば、サクラも異性に対し夢も持てなくなるだろうから、その時がくるまではその夢を壊すこともないと口をつぐむ。
 次の任務まで一時間ほど。のんびりと茶を飲むには丁度良いくらいの時間がある。時には子供達だけで反省会をさせるのも良いかもしれないと思いながらカカシは子供達にご馳走して上げることにした。稼がせて貰ってるわけだし、と心中で付け加えておく。
 サスケはみたらし団子、ナルトはお汁粉、サクラはフルーツあんみつを頼む。カカシは手早く食べられる草団子にした。まだ子供達に素顔を見せてやる気はない。多分彼らが大きくなっても見せないだろうけれど。
 三人はカカシの口布に最初興味を持ってぎらぎらと視線をこちらに向けていたが、カカシが隙をついて団子を口に放り込むから、途中で諦めてクリスマスのことを話し始めた。
 ヒナタの家で開催されるパーティはまだ計画続行中のようで、持ち寄るものの話し合いをしている。
 微笑ましいなと思いながら聞くともなしに聞きながらカカシは店の外の景色にふと視線をやった。
 休日だというのに人が多い通りは、風景も音も賑やかだった。クリスマス一色で色が溢れているようだった。カカシの片目にさえそう思うのだから、純不純の見分けがつかない子供達の目にはどんなに刺激が強いことだろう。
 その中に一点ぽつりと黒いものが映った。もし、そこが室内だったならGキブリか蜘蛛かの出現かと思うほど唐突に。ぼんやりとしていた焦点が急に引き絞られて、じっとそれが何かを注目してみると、それはイルカだった。
 ――――!
 今日は休日で会う約束もしてなかったし、顔を見るとは思っていなかったため、カカシは変に動揺した。妙に活きのいいのが居ると思ったのはイルカの歩くごとに跳ねる黒髪だったようだ。
 すぐにイルカは四人に気付き、傍に寄ってきた。
「こんにちわ」
 何も思い煩うことなくとても正しい挨拶をしたイルカに、一番に反応したのはやはりナルトだった。
 ――――落ち着け〜…!
 すぐ傍にイルカが居る。正真正銘カカシの恋人で、昨日も一昨日もちゅうした仲のイルカが。子供達の前で会うのは、付き合い始めて以来初めてのことで、変わってしまったとおもわれる自分たちの雰囲気を悟られるのが怖くて、出来るだけ表情を取り繕ってから、振り返った。
 そこで見た光景にちょっとカカシはあれと違和感を覚えた。
 それはイルカのナルトとじゃれている笑顔がいつもと違ったからだ。心底沸き上がる感情を抑えられないといった風な様子でナルトの髪を撫でまわしている。
 カカシの前ではそんな顔を見せないのに。
 そう思った瞬間に、カカシは心中で深く嘆息した。
 ナルト達がそうなのに違いないと思ったからだ。イルカの欲しいものが、ここにあったと、その笑顔を見て思ったのだ。
 イルカが子供達を愛して止まないことは良く知っている。何度と無く共にしてきた酒席でもよくイルカは子供達の話を聞きたがっていた。これまでずっと長く一緒にいたナルト達が自分のそばから離れて淋しい思いをしているのに違いない。それがその笑顔でよく分かってしまった。
「カカシ先生こんにちわ、お疲れさまです」
 緊張もすっかり落ち着いてしまった頃に、今気付いたとばかりにイルカが笑顔で挨拶をしてくれる。それに少しだけ悲しみを感じながら、カカシは平常心を装って会釈をした。イルカは上機嫌でナルトと話している。サクラも先ほどカカシに見せた嫌悪などイルカには一切見せずにじゃれついている。
 同席することに躊躇いを見せていたイルカだったが、カカシが促すと素直に座り、みぞれ餅を頼んでいた。口布さえ無ければカカシもそれを頼みたかったのだが酢醤油漬けの大根下ろしが口布の中に落ちるかもしれないと思うと、怖くて挑戦することが出来なかったのだ。湿った口布は呼吸困難の恐れが高い。午後の任務に差し支えが出てしまう。
 好みが似ているかもと思うと僅かに気分は向上したが、そこから繰り広げられる子供達とイルカの会話の波をカカシは殆ど捕まえることも出来ずに見送り、その上、サクラがカカシの「男がイヤらしくなかったら国が栄えない」発言をイルカに告げ口しないか冷や冷やとして気が気じゃなく、ただ聞き役に徹することしか出来なかった。
 イルカも子供も上機嫌な様子は、カカシも見ていて和んだ。



 プレゼントも決まり、クリスマスの為にこっそりと請け負っていた任務も粗方片づいて、漸く一息つけるかなと思っていた矢先のことだった。
 カカシは一人で火影に呼び出された。
 嫌な予感を感じながらも名指しで執務室まで来いと言われて、木の葉の上忍が応じないわけにもいかない。不機嫌な表情を隠すことなく御前に上がれば、火影もカカシと同様に渋い顔をして仕事をしていた。
「不景気な顔ですね」
 思わず悪態を吐いてしまうのは、内心覚悟を決めている所為だと分かっていた。あらがえないと分かっているからこそ火影につい八つ当たりをしてしまう。しかし、火影も今はそんなカカシの子供っぽい所行を寛容に受け止めるだけの懐が既に埋まっているらしく、不機嫌そうに「不景気なのはうちの里だけみたいじゃよ」と吐き捨てる。
「年末だから任務が湯水のようにあふれ出てきていることはお前も知っているだろうが、それをこなすはずの忍が今、インフルエンザでダウンしている」
「えええ〜…」
 風邪ごときで倒れてしまうなんてどんな鍛え方をしているのだろうかと、カカシはその倒れていった忍達が信じられない。毎日水を浴びていればそんなもの耐性がいくらでもつくのに。
「アカデミーから回ってきたのが、受付で流行り、任務で戻って疲れ果てている忍達に蔓延したと、そういうことじゃろうなあ…。なので、人手不足なのじゃよ」
「…だからなんだって言うんですか…」
 二十四日は休みをくれていただろう、と視線で訴えるが、片目ではその意志が伝わらないのか、カカシに眼力がないのか、火影は意に介した様子もなく、カカシに一本の巻物を投げて寄越した。恐らく柔な忍達に対する怒りがオーラとなって包み、カカシの視線を寄せ付けなかったのに違いない。
「お主にも休みをくれてやりたかったが、他に誰も出来る者が空いておらん。悪いが処理してきてくれ」
 巻物の中を開くとそこに指示されている任務はAランク。つまりAランクの任務をこなせる上位の忍にさえインフルエンザの影響が出ていると言うことか。今が平時でなかったならこれはバイオハザードじゃないのかと疑いたくなるほど猛威を振るっているらしい。
「…アカデミーは閉鎖ですか…」
 諦観と共に溜息が出てしまう。それなりに里を愛しているカカシは頑なに任務を固辞することも出来そうになかった。
「昨日付けで既に閉鎖しておるよ。昨日から何日か早い冬期休暇に入ってしまった」
 ならばイルカは今日から受付で仕事をしているのだろうか。カカシは手中の任務指示書に視線を落とし、日付を確認するともう一度溜息を零した。
 イルカと約束していた日までに帰られそうにもない。どうイルカに説明しようか。それが一番困ってしまった。
(舶来もののイベントでここまで盛り上がる方がきっとおかしいんだよな…)
 と自分にそう言い聞かせながら、カカシはとぼとぼと受付へ向かった。それでもカカシは楽しみにしていたし、この落胆は、不幸慣れしてしまっているとはいえちょっと如何ともし難い。これでもし、イルカに二十四日に会えなくなったと知っても平気で「あ、そうですか」とか「良いですよ、気をつけて」とかあっさり見送られてしまったら、かなり悲惨だ。
 でも、言わないわけにはいかない。約束を反故にしてしまうのはカカシの都合じゃないけど、カカシの所為だ。事後承諾にするよりも、予め言っておいた方が絶対にいい。それでもイルカの反応を見るのはとても辛かった。カカシも楽しみにしていただけに。
 しかし、立ち寄った受付でイルカの姿を探してもどこにも居なかった。アカデミーの方に顔を出してみたが、数人の教師が居るだけでやはりイルカの姿は見えない。もう一度受付を確認するが、やはりあの黒い尻尾は見あたらなかった。
「あの〜」
 丁度空いていた受付に声を掛けてみる。少し忙しそうだったが、はい、と応じてくれた。
「イルカ先生は?」
「イルカ? ああ、今日は休みですよ」
 こんなに忙しそうなのに? と思わずカカシは周囲を見渡す。それを察したのかその受付の同僚は溜息混じりにカカシに告げた。
「アイツも罹ったみたいなんです、インフルエンザ」
 そのあとどうやってカカシが受付を出たのか覚えていなかった。はっと我に返ったときには既にイルカの家の前だった。何を買ったのか覚えていないのに手には買い物袋がぶら下がっている。
 お招きされる前に自発的に来てしまったと思いながら、カカシはほとほとととを叩いた。
「イルカ先生?」
 表札はかかっていないが、ここがイルカの家で間違いないはずだった。住所は暗記しているし、これは内緒だが偶然を装って何度か見に来たこともある。その度にイルカと会えないかな、会って「家すぐそこなんです、お茶でもどうですか」と言われることを期待したことか。勿論それらはすべてカカシの妄想で終わったけれど。
「イルカ先生〜」
 もう一度扉を敲くと中にあった気配が揺らぐのを感じた。どうやら寝ているのだろうか。
「イルカ先生、起きてますか〜?」
 もぞりと気配が蠢き、何事か声を出したのは分かったが、なんと言ったのか聞き取れない。起きているなり半覚醒のようだからカカシは構わないだろうと針金を取りだした。
「開けますからね」
 と宣言しておいて、その針金で錠を下ろした。すぐに鍵は従順になりカカシの通行許可を出してしまう。なんて緩い鍵なんだろうと思いながら、カカシはイルカの部屋に足を踏み入れた。
 玄関上がってすぐに台所兼ダイニングがあり、年季の入ったテーブルが置かれている。ガラス戸で間仕切りされた向こうがイルカの寝室のようだった。
「イルカ先生〜?」
 そのガラス戸を開けて中を覗き込むとすぐにぐったりとしているイルカを発見した。
 空気がむっとしていて淀んでいる。一度も換気をしていないのだろうと思った。これじゃあ、治るものも治らない。
 買い物をキッチンのテーブルの上に置くと、カカシはベッドの側による。イルカはカカシを充血した目で見上げて、何度も瞬きをしていた。熱のためか頬も唇も紅くなっていたし、目も潤んでいて、そんな場合じゃないのに可愛いなと思ってしまった。イルカは余程心細かったのかそのまま泣き出してしまった。
「受付で聞いてきましたよ、風邪だって。一人で淋しかった?」
 ちょっとそれは…とカカシは狼狽える。このまま襲いかかってしまいたいような気分にさせられる。弱ってる人間って、どうしてこんなに被虐心を煽るのだろうかと思いながら自己防衛の為にイルカの涙を無かったことにしてしまおうと、ティッシュで拭いて上げた。
 ついでに手っ甲を外し、イルカの額に触れて熱を計ってみる。自分の手が冷たい所為で燃えるほど熱いとしか感じられなかった。
とにかく少しでも治す環境を作らないといけない。
「ちょっと寒いかもしれないけど、窓開けるよ」
 カカシは立ち上がると締め切ったままの窓を開け、カーテンを閉めてから部屋の照明を点けた。人工的な明かりが眩しかったのか、イルカが身じろぎをして顔を背けたから、すぐに照明を一段階暗くした。
 ぼんやりとしているイルカに「台所を漁るよ」と声を掛けて置いて、大きめの鍋を取りだした。それに水を張り、薬草の抽出オイルを数滴垂らす。どうやら喉をやられているようだから、室内の湿度を少しでも上げた方がいいと考えて、お湯を沸かした。
「このところ急に寒くなったもんね。アカデミーでもはやり始めたって聞いたから心配だったんですけど、まさかイルカ先生まで罹るなんて…」
 イルカは動く元気もなかったのか氷枕で頭をひやすということもしていなくて、少し心配になり溜息を吐く。もしかして、熱が上がって寒いのか、氷枕に触れてイルカは身を縮こまらせた。
「食欲はありますか? 食料をいくらか買ってきたんですけど、食べたいものはあるかなあ…」
 カカシは自分が何を買ってきた覚えていない。無我夢中だった。
「今食べられそうなものはありますか?」
 カカシはベッドの縁に座って、一つずつ買ってきたものをそばに並べて、イルカに見せていく。唐揚げ弁当、オムライス、温泉卵、生卵、ミカン、アイスクリームが二つに、ヨーグルト、牛乳、野菜ジュース、鍋焼きうどん、それから冷凍食品が数点。
 栄養バランスを考えたのだろうが、唐揚げ弁当とオムライスはちょっと風邪ひきの喉を通りにくそうだ。どういう基準で十分が選出したのか分からない。
 イルカはそれを見てぼんやりとしていたが、ようやく口を聞いてくれた。
「…カカシ先生…、任務に出るんですか…」
 何でそう察知したのかは分からない。思わず買い物袋からだしたものの中に火影から預かった任務指示書でも紛れ込んでいたかと見回してしまった。勿論それはカカシのポーチの中でイチャパラの隣に鎮座しているはずだ。
 何で悟られたのかは分からなかったが、イルカが先に切り出してくれて、正直カカシの心的負担は減った。素直にカカシは頷いた。
 しかし、イルカの表情は少しも動かなかった。熱で辛いのだと分かっていても、殆ど無反応で黙っていられると、なんだか気まずい。
「本当は休みを取れてたんです…けど、里がこの状態でしょ?みんなばたばた倒れちゃって…」
 巧い言い訳は出てこなくて、カカシの所為じゃないのに、とても理不尽な気分になってきた。不幸慣れはしているけど、何だか泣きたい。
「…カカシ先生は、なんともないんですか…?」
 ぼんやりとカカシを見上げていたイルカがやはり抑揚のない声で尋ねてくる。少し呼吸は楽になっているようで、喉を通るひゅーひゅーという異音が小さくなっているようだった。
 何ともないとは、なんだろうと一瞬考えて、風邪のことだとすぐに理解した。そんなに柔じゃないし、毎日冷水を浴びて、外を歩くときは口布をしている。これで風邪を引くなら相当の間抜けか不幸な人間だ。
「これのお陰ですかねえ…」
 カカシはそう茶化して口布を引き下げようとした。
「あ…ダメです…!」
それまでぐったりとしていたのがウソのように慌ててイルカがカカシの腕を取った。しかし、その途端にまたベッドへと崩れ落ちる。
「ほら、大人しくしてないと…」
 ずれてしまった氷枕をきちんと頭の下に戻して、カカシはそっと髪を梳いた。汗を含んで重くなった髪に、そう言えば髪を下ろしたところをみるのは二度目だと思う。
 一度目はあの桔梗峠の温泉だ。
 ふわっとかき消えたはずの欲が舞い戻ってくる。
「あなたがダメって言うなら外しませんよ。本当はキスしたいけど」
 それを誤魔化すようにカカシは茶化してみる。自分の欲求を。
 でもじっと見ていると熟れたように紅いイルカの唇が気になって、髪を梳く振りをしてそっと辿った。イルカは何も言わずに為されるがままになっている。それが幼気な子供に悪戯をしているような気分を呼び覚まし、口布をしたまま口付けた。
 布越しでも唇に熱を感じる。
 ――――ああ、このまま勃起しちゃいそう…!
 そんな葛藤などイルカは知る由もなく、腕を布団の中から出してぎゅうっとカカシに縋り付いてくる。余程心細かったのかとも思うけれど、そんな耳元で名前を呼ばれたりすると、本当に退っ引きならないところまでいってしまう。取り敢えず、じっとしていて、こんな自分を知られたら心象が良くないだろうと思いながら、波が過ぎ去るのを待つしかなかった。
 暫く抱き合ったまま髪を梳いていると、イルカは落ち着いてきたのか、くたりと力を抜いたから、カカシもその熱い体を解放した。いつもとは違う布地の薄い寝間着を纏ったイルカに、裸で抱き合うことを思わず想像してしまうけれども、相手は病人だし、まだ一度も関係を持ったことのない同性だ。それを意志の力で掻き消し、食事を勧めた。
 いつかこの抑え込んだものが爆発しないか心配だった。
 カカシが思っていたよりもイルカの症状は重く、一人暮らしだし、放っておくには心配だったからナルトをつけることにした。ナルトだったらイルカも物怖じせずに世話になれるかもしれないし、話す時間もできて喜ぶだろう。どうせ自分も監督が出来ないから打ってつけだ。サクラはアスマの所に、サスケは紅の所に預ければどうにか二三日はやり過ごせるかなと算段をつけた。
 出来れば二十四日の夜には帰ってきたい。その日はナルト達もクリスマスパーティで宛にならないし、そうなるとイルカも人で寝込むクリスマスは淋しいだろうと思うからだ。
 カカシが任期中における子供達の身の振りを指示した巻物を忍犬に持たせて、受付まで使いにやってから里を出立した。予定では帰着は二十六日朝。それでも二十四日の晩には帰ってくるのが目標だった。



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