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adagio in C minor




 相手は四人。一人が術者で三人がそれを取り囲み、周囲に注意を払っている。いくらか実戦経験のありそうな実用的な陣形だ。
 しかし、何をそんなに熱心にチャクラを練っているのか分からない。幻術なんて一種の催眠だから、きっかけさえあれば掛かってしまうものが多い。対象物が複数で移動しているからその分複雑になるのは分かるが、ここまで時間をかけた術はまるで呪っているようにも見えた。
「臭い、たどれたぞ」
 忍犬が独特の声色でカカシに報告してくる。
「…よし、じゃあもう少し待機。奴らが移動したらそのまま附いていくよ」
 忍犬はまるで人のようなしぐさでこくんと頷くとカカシの側で蹲り、猫のように丸くなって体を休めていた。
 カカシも是非そうしたい。この任務で勿論夜は眠られず、生活リズムが狂っているから皮膚がガサガサになってきているのがよく分かる。肌に気を遣っているわけではないし、普段から晒していないからだれもその状態変化に気が付かないが、さっさとこんな詰まらない仕事を終えて、夜中にゆっくり眠れる子供達との生活に戻りたいものだと思った。
 そう言えばイルカは艶々していたように思う。コブシなんかはまだ若いから昨日からぽつっとニキビを拵えていたが、イルカもカカシ達と同じように不規則な生活を強いられている筈なのに、まったく普段と代わりがないように見える。
 ――――もしかして、桔梗峠の温泉は美肌の湯?
 イルカがカカシ達とは違う行動を取っているとするなら、風呂に浸かっているかそうでないかしか考えられなかった。美肌の湯でないにしてもいくらか健康維持には役立つのかもしれない。ちょっと面倒くさくもあったが、カカシは風呂に入ろうかなと酷く場にそぐわないことを考えた。
 どのくらいその体勢で動向を窺っていただろうか。あと五分もその体勢で居れば足が痺れるという危惧を抱いた頃、漸く賊に動きがあった。
 術者が印を組む手を解き、疲れた様子で立ち上がったのだ。彼らは何事か言葉を交わし、それからすぐに移動し始めた。
 忍犬の背中を軽く叩くと彼はすぐに飛び起きてそろそろと歩き出す。カカシも音を立てないように細心の注意を払って賊の後を附けた。彼らは後ろを何度も振り返り確認しているが、カカシの存在に気付いた様子もなく、どんどん道無き道を突き進んでいってしまう。
 忍であることが確定的な術者は疲弊しきってふらふらとしているところを仲間に案じられながら仲間に従っている。
 カカシは後ろから案内して貰いながら彼らのことをじっくり観察していた。
 彼らはお互いを庇い合う術を持ち、仲の良さからして、ただ単純な烏合の衆ではないように思える。何らかの信念を持って集まった集団だ。そして、恐らく全員が忍ではない。この中で忍なのは疲弊している術者だけだ。その術者でさえ忍の歩き方をしていない。音を立てないように留意しているものの、技術の精度が違う。恐らく彼らの背後に隠里はない、とカカシは判断した。隠里があるような集団だったら、もう少し忍としてまともな教育を施すことだろう。
 これが戦争の発端となる尖兵である可能性がきわめて低くなり、カカシの緊張はいくらか緩んだ。
 その時、音もなく一陣の風が吹いた。
「――――カカシ先生」
 抑えた声がカカシの耳に届く。イルカが戻ってきたのだ。音もなくイルカは苔むした倒木の上に降り立つ。すぐに状況を察して身を潜めたが、何か不服そうな顔をしていた。
「…奇妙なことがあったんです」
「…何ですか?」
 視線を賊から離さずにイルカを促す。
「…それが、荷物は奪われていなかったんです…」
「え?」
 思わず賊から視線を離してイルカの方を振り返ってしまった。カカシは当然彼ら以外に運搬係が存在していると思っていた。
「それに彼らは当初こそ桔梗峠を通る予定にしていたけど、本当は白鶴峠を通っていたんだと、そう言ってるんです。目覚めたところが桔梗峠で驚きを隠せないようでしたが…」
 納得できないと顔に書かれた表情の原因を知り、カカシも首を傾げる。
 術はまず間違いなく幻術で、人の意識を朦朧とさせ、自分が今どこを歩いているか意識だけを操作する術。まねしようと思えばカカシでさえ編み出せるような簡単なもののような気がする。
 商人達は白鶴峠を通っていたと信じ切っていた。それはつまり、これまで起こったと言われる十七件の被害全てに言えるのではないか。彼らは皆白鶴峠や神木峠を通ってきたつもりだったのかもしれない。
 調査の攪乱という意味では成功しているが、そんなことをする目的が分からない。
 彼らは術をかけておきながら荷物を取らなかった。でもこれまで商品が根こそぎ奪われていることから事件が発覚しているのだ。どこかで荷物を奪うステップがあるはずなのだ。
「…カカシ先生、置いて行かれちゃいますよ…」
 思考という底なし沼にどっぷりとはまりこんでいたカカシは焦ったようなイルカの声で、現実へと引き上げられる。
「…そんなに慌てなくても臭いでたどれますから…」
「…そうかも知れないですけど、時間もロスしちゃうかもしれませんよ。早く任務を終わらせたいですし」
「………」
 桔梗峠の湯を満喫しているように見える男でもそう思うのか、とカカシは思わずぼんやりとしてしまった。イルカは見た目通り里が一番だと考えているのだろう。
 確かに何もないとはいえ、カカシも自宅のベッドと枕が恋しくなっていたから早く終わらせることに異論はない。
「…他は? 商隊に何か変わったことはない?」
「…特にありませんね…。朦朧としてきたという意識はやはり残っているようでしたし、場所も恐らく想定した範囲内でした。時間も――――現在二十二時半を回ったところで、同じ手口だとみて間違いないと」
 彼らが主犯格ではない可能性が出てきたが、事件の一端を担っていることは確かだと確信を抱き、カカシは一つ頷く。思考は追々、賊と思われる一団の行く先を確認することが第一となった。
 彼らはイルカとカカシの前で迷い無く森の中へと歩いていく。月明かりも少なく、頭上を木々が覆っているこの状況で、恐らく正式な訓練を受けた忍でもないのに迷い無く歩いていくと言うことは、余程土地に明るい人間だとしか考えられない。ますます国外からの侵攻の可能性が薄まる。
 イルカが合流してから半時間も歩き続けた頃、漸く彼らが目的地としていた建物が姿を現した。旅慣れたカカシでさえ磁石と地図が無ければ迷わずに帰り着けそうにもない深い森が少しだけ開けて、ぽつんと古びた小屋が建っていた。彼らはみんなその中へと入っていく。そこが彼らの本拠地らしい。
 忍ぶには相応しく老朽が進んでいるようだが、作りはしっかりしているし、近づいてみると思ったより大きい。小屋と言うよりも家といった感じだ。イルカもそれを意外に感じているのかその建物を訝しげに眺めていた。
 外から確認した結果、明かりがついている部屋は一つだ。地下室や窓のない部屋を作っていない限り、人の居る可能性が高いのはこの部屋だけと言うことになる。
「…オレは明かりのついた部屋を見張っています。イルカ先生は他の部屋を見回って総勢何人か調べてくれる?」
「分かりました」
 忍犬をその場に待機させておいて二人は思い思いに侵入を開始する。古めかしい家だったことが幸いし、天井裏も作りがしっかりしていて、埃っぽいことに目を瞑れば忍ぶ環境としては最適だ。カカシは明かりの漏れる天井板の節穴を捜し、そこに目を押し当てた。
 そこにはカカシは考えていた様子とは違う光景が広がっていた。
 カカシはそこを土間の物置のようになっていて、寂れた室内なのだろうと思っていた。しかし、そこは板張りに絨毯が敷かれ、家具もきちんとおいてあり、生活感の漂う普通の家だった。長年手入れしてきて思い入れもたっぷりという様子は、賊の棲むかりそめの宿というイメージから酷くかけ離れている。
 そこへ誰かが入ってきて、カカシは部屋の観察を止め、音へと意識を集中させた。
「…お疲れさま。首尾は?」
 その部屋に入ってきたのはくたびれた感じの女だった。カカシよりも一回りほど年上に見えて、男達を労うためにお茶か何かを運んできたようだ。
「上々、ちゃんと見送ってきたよ」
 茶を受け取った男の一人が機嫌良くそう応じている。部屋にいた男三人は女の運び込んだ飲物に迷い無く口を付けた。きっと彼らは術者を護衛していた男達だ。見回してみても術者らしき疲れ果てた人物はその場に見つからない。
「所できちんと今月分の金、入っていた?」
「入っていたわ。これでクスリも買えるし何とか今年も年越しが出来そうよ」
 女の言葉におおっと歓声が上がる。
――――?
 彼らは一緒に年越しを迎えるような間柄なのか。家族にしては似ていないし、友人同士悪友での集まりと言うには少し年齢が離れているように見えた。女から漏れたクスリという単語も気に掛かる。
「じゃあ、もうこんなことしなくて良いんだね〜!」
「…何言ってるんだよ。これからもっと稼いで蓄えておくに決まってるだろ。こんなに美味しい仕事はないし」
「そうだな元手はゼロで出来るから効率もいいし」
「え〜、オレはやっぱり夜にきちんと寝たいよ〜」
 その最年少と思しき男の言葉でどっと場が沸いた。お前はまだ子供だなとか、それは私の台詞よ…などと周囲が茶化し、明るい雰囲気が漂っている。
 何だこれは。
 カカシはそんな様子を眺めて思った。これじゃあ、家族団欒を覗き見てるだけのような気がする。山賊行為をしている薄暗さなど彼らにはひとかけらも感じられず、後をつけてきたのでは無かったのなら、彼らが賊だとは思いもしないだろう。それくらい朗らかで無邪気な雰囲気だった。略奪を楽しんでいるという似非強者の荒んだ喜びもそこには見いだせない。それとも彼らは長年培ってきたカカシの目さえごまかせる実力の持ち主なのだろうか。
「それで次も入ってるんだろ、仕事」
「任せて。ちゃんと取ってきてる」
 女は盆を持って一度退室すると、すぐにメモを持って戻ってきた。一度括られた紙縒のようになっている所からすると、誰かから受け取った手紙のようだ。自分で書いたものをあんな風に細く折り畳むことは滅多にない。
「…次は明日ね。六人組らしいわ。ちょっと多いけど大丈夫かしら…」
「最近増えてきたよなあ…。多ければ多いほど時間が掛かるんだよ、アイツの術」
「仕方ないだろ、ちゃんと習ってる訳じゃないし。それでなくてもちょっと立て込んでるし…」
「そうね…、あの子の為には少しこの仕事も減らした方がいいかもしれない…」
 そこで話は仕舞いだった。
 おれは明日早いからと言って一番若い男が退室した。それを皮切りに残された男女は思い思いの行動を取って居間には誰もいなくなり、明かりは消された。
 カカシはもう用はないと、忍犬を待機させた場所へと戻れば、既にイルカもそこで待機していた。
「何か分かりましたか…」
 カカシがそう問うとイルカは複雑そうに顔を歪めた。何かあったらしい。それだけで答えは十分だった。
「一旦戻りましょう。タイゴやコブシに報告も兼ねて現状の摺り合わせと今後の予定を立てましょう」
 イルカは素直に頷くのを見ると、カカシは近くの木に特殊な臭いを放つ香料を塗っておいた。人間には感じず、忍犬専用の目印のようなものだ。
 既に日付が変わった時間になっている。明日イルカは日中の見張り番になっていた筈だ。今後がどう転ぶか分からないけれど、無理をさせるのも良くない。すぐにその場を出発して二人は彼らの本拠地である宿へと帰ったのだった。
 忍犬の案内でどうにか辿り着くと、コブシもタイゴもカカシとイルカのことを心配して起きて待っていた。
「お疲れさまです…!」
「うん」
 すぐにコブシが駆け寄ってきて、二人に怪我が無いか確認し始める。怪我もなければ殆ど汚れもしていない。ちょっと緊張を強いる時間が長かっただけで、特にそんなに摩耗はしていない。もっとこんなものとは比較にならない酷い任務のいくらもこなしてきている。イルカも同様らしく、コブシが体力回復の治療をし始めようとすると、大丈夫だから、と断っていた。
「商隊はそれで今はどうしてるの?」
「この宿に泊まっています。全員術の解除は施しておきました。イルカから既に報告がいってるかと思いますが、荷物は何一つ取られていません」
 一緒にリストで確認しましたとタイゴが付け加える。
「術も、そんな大したものではないです。朦朧とするという初期症状がありますので、忍には効かないと思います。ただし掛かった場合は記憶の改竄が見られるようですね」
 商人達から聞いた話を纏めているのか手元の紙に目を落としながらコブシが続ける。
「一般商隊には有効って訳ね〜。明日そうだな…面倒だけどタイゴ、商隊を一応護衛しておいてくれる?忍犬を二頭付けるから、なんかあったら走らせて」
「分かりました。…彼らはまだ襲われる可能性があるって言うことですよね…」
 部隊長をこなせる中忍というだけあって、タイゴの指摘は当を得ていた。
「まだよく分からないけど…多分、その可能性は高いと思う。結論から言えば今回術をかけていた連中は山賊の協力者で、山賊の仕事を助けているだけのように見えた。まだ証拠は掴んでいないが金銭の授受がされてるみたい」
 カカシは三人に天井裏で聞いた話しをかいつまんで報告した。攪乱することが目的であるように見えたこと、何者かの依頼があってそういう行動を取っていること、仲はいいが家族のようには見えなかったこと。
「…それと、クスリという単語も出ていた」
 それに三人が動揺を見せた。タイゴとコブシは眉を寄せている。きっと非合法の麻薬を想像したのだろう。カカシも犯罪に結びついた人間の口から零れた「クスリ」という単語に麻薬を連想した。
「…あの、オレからも良いですか?」
 動揺を隠しきれない様子でイルカが三人の注目を誘う。
「…カカシ先生に言われてあの家の内部を見て回ったんですが、まず間取りが…」
 イルカは三人が理解しやすいように紙を引き寄せて、さらさらっと家の見取り図をかき込んでいった。
「部屋は全部で四つ。カカシ先生が監視していた居間が南側。南に一つ、北側に三つの部屋があって、一番西側の端に台所や風呂場などがありました」
「…まるっきり普通の家ですね…」
 実際に小屋を目にしていないタイゴやコブシが意外そうにイルカの書いた絵を覗き込んでいる。
「カカシ先生の話では、ここに女一人男三人が集まっていたようでしたが…」
 そう言いながら、イルカは居間の部分に人間をあらわす黒丸を四つ書き込んだ。
「他に人が居たのは、南側のこの部屋と、一番東のこの部屋に一人ずつで、二人とも寝ていました」
 詰まり忍術を使うこいつらは全部で六人体勢か…と話を早合点するコブシだが、カカシはイルカのその妙に晴れない顔つきが気に掛かった。
「…南側に寝ていたのは術者本人だと思います。恐らく二十そこそこの…女性でした。そして、この部屋で寝ていたのは、老人です…。それも、かなり衰弱した様子の」
 その話を聞いて意外な展開に思わずカカシは沈黙してしまった。コブシもタイゴもイルカの顔を見たまま硬直している。
「…つまり、クスリというのは、本当に治療薬のことで、彼らはその金を稼ぐためにここら辺を通る商隊に幻術をかけている…とそう言うことですか?」
 整理すると、そんな状況が見えてくる。
「…おそらくは…。その老人は投薬の実験台にさせられた哀れな被害者という可能性も捨てられませんが…、それなら野の花なんて摘んで飾ったりしますか…?」
 窓辺には明るい色のカーテンが引かれて飾り棚には写真や花が飾られていたとイルカは辛そうに訴える。
 しかし、そんな状況を知らされても彼らの罪が軽くなるわけではない。カカシはイルカの激情とそれに飲み込まれつつあるタイゴとコブシの様子を見て急に自分の肚が冷えるのを感じた。
「彼らの情状酌量はオレ達の仕事じゃありませんよ、イルカ先生」
 余りにも場に対して冷淡な言葉だと自分でも分かっているが、自分までも感情に流されるわけには行かず、夢見がちになっている彼らの目を覚ましてやらなければいけなかった。いつだって冷静で落ち着きのある人間が損をするように世の中は出来ている。
「幻術を使って山賊に協力する彼らの動機は何となく分かりましたが、それ以上の詮索はこの際不要です。オレ達が解決しなきゃいけないのは交通の要所で起こる略奪事件、二度と同じことが起こらないように一網打尽にすることです」
 そのカカシの言葉に三人は虚を突かれたようになり、それから、表情を引き締めた。イルカは少し恥じ入って俯いてしまった。自分が感情的になってしまったのを漸く悟ったのだろう。
 実害が出ている事実を、きれい事では覆い隠せず、どんな理由があったとしても加害者には必ず贖罪を求めなければいけない。
 今はまだ人間に戻ってはいけない任務期間だ。人間とはまた次元の違う存在である忍の皮を被っていなければいけないことを漸く彼らは思いだしたようだ。直情的なイルカの様子にカカシは少し呆れはしたものの、嫌悪感を覚えることもなくむしろ少し可哀想だと感じた。素直で生きていくには厳しい世界だ。
「それじゃあ、今後の動きを考えようか…」
 話が切り替わったことに三人は一様に表情を切り替えて臨んだ。
「今考えられる動きとしては、一つだと思っていた山賊が三つ以上の段階に分かれていることだね…。第一段階は、依頼主」
 カカシは話を進めながら、イルカが間取りを書いた紙にそのまま「依頼主」と記し、それから下に向けて矢印を引いた。
「依頼主から日時指定の依頼を受けて、幻術をかける人間が動く」
 矢印の先に幻術と書き加え、そこからまた下に矢印を書き込む。
「そして、ここが実働部隊。幻術で抵抗が無くなっている商隊から商品を根こそぎ奪う、名実共に山賊の部隊」
 山賊と書き足し、三段階の簡単な図が出来上がる。
「恐らく今日術をかけられた商隊はこの実働部隊に襲われる可能性が高い。これまで十七回も無抵抗の人間相手に成功させてきているから警戒は緩いだろうし、下手すれば武器も持っていない可能性があるが、抵抗すれば怪我人どころか人死にが出るかもしれないから、タイゴは気を引き締めて行ってくれ」
 さっきより神妙な顔つきになって、タイゴがカカシの言葉に頷く。
「事件の再発を防止するには全部の部隊を綺麗に叩いておかなければいけない…。三つは必ずどこかで繋がっているはずだから全部を殆ど同時に叩く必要がある。連絡する機会を与えたら逃げられるからね…。一番難しいけど、タイゴ。出来るだけゆっくり木の葉に向かって」
「はい」
「それからコブシはいち早く木の葉に戻って、このことを火影様に報告。きっとアスマと紅…白鶴峠と神木峠にも連絡がいくと思う。うー…あとは里の指示に従って」
 少しカカシは自分の思考がこんがらがってくるのを感じた。その一番の原因は、今日幻術に掛かった商隊の荷物を狙っている実働部隊の存在だ。彼らは十中八九明日襲いかかってくる。そこで異変を感じ取った場合、こちらに刃向かってくるならばまだ良い。逃げられてしまうのが一番困る。逃げ延びた後に木の葉もしくは桔梗峠以外でも同じようなことをし始めるだろう。そして逃げた山賊達はきっと連携している幻術使いと依頼主に連絡を入れることになる。どんな烏合の衆だってそのくらいの義務づけはするだろう。きっと連絡の到達までに幻術使いは抑えられるにしても、まだ正体を掴んでいない依頼主は逃げられてしまう可能性が高い。
 きっと依頼主がこの一連の山賊家業の頭だから確実につぶしておきたいのに、正体を掴むには時間が差し迫ってきている。
「…山賊と幻術使いにこの依頼主のことを吐かせるか…」
 依頼主以外を全員捉えて、順々に締め上げる。それが一番簡単で不可能ではないが、時間が掛かるだろうし、その間に依頼主も異変に気づき行方を眩ますかもしれない。
 何にせよ今日まで一切動きが見えなかったのに急展開したのが痛い。
「オレが今から里に戻って報告に行きます」
 黙り込んでしまったカカシにそう申し出たのはイルカだった。
「今から戻って火影様に朝イチで謁見し、桔梗峠の街道沿いに忍を配置して貰いましょう。そうすれば現れた山賊を取り逃がすことはないでしょう」
 確かにそうできれば、山賊を取り逃がす可能性を低くすることが出来る。
「…そうですね、山賊を取り逃がすことさえなければ、依頼主を叩くまで時間が稼げる」
 幻術使いの家には依頼主が宛てたと思しき手紙も残っている。近くにいるならそれに残る臭いを辿って捕まえることも不可能ではない。
「それ、おれにさせてください…!」
 そう申し出たのはコブシだった。
「お、オレ今まで衛生員として優遇されてて、体力が余っていますし、もともと木の葉に戻る役目でしたし…!」
 いきり立ち上がったコブシの巨体を思わず見上げる。隣のイルカも驚いたようにぽかんと口を開け放っていた。それからイルカがこちらを窺うように見てくる。
 どちらがここに残った方がいいかを考えると、ここは防御に徹するより攻撃型にしておく方がいいかもしれない。本人もやる気に満ちあふれているし。
「…じゃあ、コブシ。話し合いが終わり次第、木の葉に戻って、その後はタイゴのサポートをよろしく」
「はい」
 いざというときのために温存していたコブシだったが、そのカカシなりの保険が仕事を任せて貰えない不満を抱かせていたのかもしれない。今まで鬱屈していたのかと思うくらいコブシの張り切りようが見て取られた。
 それから念入りに今晩から明日の晩、幻術使いの一団を叩くまでの行動予定を提示し、頭に叩き込んだ。忍犬を操って依頼主を捜し当てなければいけないカカシとイルカは大忙しになるし、商隊を守り山賊の一人も逃してはいけないタイゴとコブシは体力勝負だ。どちらにしても気の抜けない任務になる。



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