Short


Weather forecast 2





太陽が空のてっぺんから少しずり落ちた頃。
あんなに青かった空の面積は少しづつ小さくなって、どんよりとした灰色の雲が垂れ込めてきている。
二人で予定通り仲良くそうめんなんぞ食べて、短時間の内にすっかり乾ききった洗濯物を(イルカ先生が一人で)取り込んで、そうしたらイルカ先生は開け放った窓をきちんと閉めてクーラーを入れてくれた。

何だかひどく甘やかされている。
小さな子供のように、わがままはいともたやすく叶えられていく。

少しの居心地の悪さと染み通るような幸福感の中でぼんやりと寝転がったまま、汗を流しに風呂場に消えたイルカ先生にイタズラをしに行くでもなく、どんどんと小さくなっていく青色を見ながら全くゴロゴロしていた。

小さくドアの軋む音がして、水分を含んだ手入れのよくない髪を拭きながらなにやら機嫌が良さそうな様子でイルカ先生が顔を出す。

窓の外は、ついに重さに耐えきれなくなった雲から、大粒の雨が落ち始めていた。

「ついに降り出しましたね」

床に転がったカカシをよけて庭に面した窓に近づく。
ざあざあと小気味のよい音が部屋の中にに満ちてきて、世界から切り取られてるみたいだった。
ひとしきり窓の外を眺めたあとイルカはにっこりと笑ってカカシを見た。

「カカシ先生」

「はい、何でしょう」

「ここに来て下さい」

ちょいちょいと右手でカカシを呼び寄せる。
何だろうと思いつつ自分の体温で温まった床から離れると窓際のイルカの所まで移動した。
少し目線の低いイルカを覗き込む。

「何ですか?」

ちょうど真下から見上げるイルカに直接心臓を叩かれた。
そんな風に、無防備に、子供みたいに、笑わないで下さいよ。

何だかナルトみたいな、悪戯っ子の顔で。
何を言い出すかと思えば。

「ちょっとそこに座って貰えますか?」

「はぁ」

気の抜けた声で返事をしてその場に胡座をかいて座り込めば、よっと言う掛け声と共にイルカがカカシの太股を枕に寝転がってきた。

「はー、極楽」

「あの、イルカ先生?」

あまりのことに、と言うかあまりにも予定外の行動に面食らって何を言っていいのか解らない。

「なんですか?」
「イヤ、この状況は一体……」

「だってカカシ先生、ゴロゴロしようって言ったじゃないですか」

「言いましたけど……」

言いましたけどね、何だかこれは想像していた状況と違うような気がする。
なんて思っていたら、考えを読まれたらしい。

「それとも何ですか。あんたがゴロゴロするのに付き合えって意味だったとでも?」

実際はそうなんですけどね……。

「イエ、そんなわけないです」

「ですよね。だったらカカシ先生がオレがゴロゴロするのに付き合って下さい」

「…………ハイ」

そんな風に言われたらそう答える以外どんな選択肢が待っていると言うんだろうか。
足の上の人物を見下ろしながら、小さく、聞こえないくらいの溜息を付いた。


それでも、予定は狂ってしまったけれど、こんな風に幸せならそれも有りだろう。
ネコのように丸くなって、小さく笑いを噛み殺すこの人の、ひとときの幸せの一部になれているのなら。

まだ乾ききっていない黒髪を手で梳きながら、そう言えば、と思う。

「そういえばイルカ先生、何でオレにわざわざ天気聞き直したんですか?」

気持ちよさそうに目を細めていたイルカ先生がこちらへ視線を投げる。
何のことか少し考えた様子で、ああ、と呟いた。

「基本的に、テレビの天気予報って信じてないんです」

「オレのは信じてるんですか?」

「あんた天気読むのは巧いですからね」

そこまで言うとまた目を閉じてしまった。
雨に閉じこめられた、密度の高い部屋の中で。

「あんたは、人を喜ばすのが巧いですね」

組んだ足の上に頭を載っけたまんま閉じた目を開きもしないで

「そうですか」

とだけ答えた。

「あんたにはきっと幸福の才能があるんだ」

オレな好きな手触りの、手入れのよくないイルカ先生の髪。
オレの持ってる、たったひとつの幸せのかたち。

返ってきた返事は、実に素っ気ないもので。

「そうですか」

とただ一言。
何だかいいようにあしらわれてる様な気がして悔しい。

「あんた人の言うこと聞いてます?」

「聞いてますよ」

「じゃあ、オレの言うこと信じてないでしょ?」

「信じてますよ」

「……どのくらい?」

煩げに目を上げると驚いたような顔をして、また笑い出す。
そんなに変な顔をしていたのだろうか。

「……カカシ先生、なんて顔してんですか」

笑いの止まらないイルカ先生を無視してもう一度問う。

「どのくらい?」

「そうですね、天気予報くらいは」

止まらぬ笑いをそのままに、そんな曖昧な返事を寄こす。

「それって、どっちの?」

そんな風に聞いてもはぐらかされるのは分かってはいたけれど、そう聞いてしまったのは何ためだったのだろう。

優しい、雨音と、涼しい、部屋の中。
温かい、幸せ。
幸福の、存在。


「さあ」

部屋の中にはくつくつと笑うイルカ先生の声だけが、聞こえていた。


fin


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