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お休みの日にしたいこと。




ゆっくり眠りたい。
溜まった家のことも片付けたりしたい。
読んでしまいたい本がいくつか。
見たい映画はもう終わってしまったかな。

そんな、色々なこと。

でも、一番したい事って、本当はなあに?


「イルカ先生、お散歩に行きませんか?」


一番したいこと、それは。
あの人と一日一緒にゆっくりと。

知ってか知らずかあの人は、優しい顔でそう言った。



walk




冬の気配が濃密に空気に溶け込んでいた。
息を吸えば肺の中まで清浄な空気に洗われるような、凛とした季節。
うららかな陽気とは裏腹に冷たい空気が頬を掠めていった。


「お散歩に、行きませんか?」

そう言われて振り向いたとき、一瞬戸惑った。
カカシ先生の私服なんて滅多に見られる物じゃないのに。
ラフな洋服に身を包んで額当ても口布も取り去ったその姿は改めてこの人の格好良さを引き立たせていた。

普段見慣れない姿に早くなる胸の鼓動に、少しの悔しさを覚える。
いつまでたってもオレはこの人にドキドキしてばかりいて。
俺ばっかりが好きみたいで。
飄々としたその気配は相も変わらず、俺ばかりが動揺していて。
好きで好きでたまらないのだと。
そう思い知らされているようなその感じが、少し、悔しくて。

黙ってしまった。

おや、と言う顔をしてカカシ先生が聞いてくる。

「何か用事でもあるんですか?」

行きたくなさそうな顔をしていたのだろうか。
動揺を悟られないようにつとめて冷静を装って息を吐き出す。

「いえ、大丈夫ですよ。行きましょうか、お散歩」

つとめて冷静に。
そう言い聞かせてにこりと微笑んだ。

「はい」

そう言って微笑み返したカカシ先生にますます動揺したなんて、どうして言えるだろう。

マフラーをくるりと器用に巻いて顔の半分を巧く隠すといつの間に用意したのかオレのジャケットを手渡してきた。
いつものようにきちんとはまとめていなかった髪をほどいてジャケットを羽織る。
カカシ先生がいつだったか、それよく似合いますね、とそう言ったジャケット。
それからは、いつの間にか愛用の、それ。

前を留めていたらふわりとマフラーを掛けられる。

「外は冷えますから、ちゃんとあったかくしとかないとね」

マフラーに隠れて見えないけれどその顔が優しく微笑んでいるのは想像に難くない。

ずるい、こんなにも些細なことで、また恋に落ちるのだ。
いつもいつもいつも。

カカシ先生と同じようにマフラーに顔を埋めた。
きっと赤くなっているこの顔が見えないようにと。


ほとほとと並んで歩く。
柔らかい日差しと冷たい風の中。
目的地も分からずにカカシ先生の横を少しの距離を保ったまま。

道に敷き詰められた落ち葉がさりさりと音を立てている。
さりさりと音を立てる落ち葉と少し掠れたようなカカシ先生の低い声と。
はい、とか、そうですね、とか、つまらない受け答えしかできない自分の声と。

道を行き交う人もなく。
さりさりと、さりさりと。
乾いた音を立てる落ち葉たち。

不意に道を逸れたカカシ先生についていくとそこは薄い雑木林を通る小道だった。

「ここ、あんまり人が通らないんですよ」

そう言ってマフラーを少し引き下げる。
見慣れた、端正な顔。

そうしてゆっくりと差し出された手を少しの躊躇のあとそっと握った。
手を繋いで日差しのこぼれ落ちる林の中を、2人。

なんでもないことを話ながら、歩く。

「そう言えばイルカ先生、オレといるときよく髪おろしてますよね」

何気なく聞かれた言葉。
そんな何でもないようなことにえらく動揺してしまって。
繋いだ手から伝わってしまった、胸の鼓動。

「何か、特別なわけでもあるんですか?」

すこうし意地の悪い顔をして。
にんまりと笑うその姿に赤くなる顔。

「ねぇ、イルカ先生?」

繋いだ手にちょっと力を入れて、意地の悪い顔で。
笑う、その、顔。
そんないつもの表情にさえ早くなる、鼓動。
見慣れない非道く似合ったその私服姿に。
いつもの表情さえ、初めて見るようなそんな感覚を覚えて。

恥ずかしいような、そんなくすぐったい気持ちになる。

「カカシ先生が、言ったんですよ」

「え?」

「イルカ先生は髪を下ろしてる方がいいって」

もうこれ以上ないくらい恥ずかしいような台詞をなにげなく言ってしまったのは。
そこにどこか浮ついたような優しい気配が漂っていたから。
繋いだままの手と、足元の落ち葉たち。

優しい空気の中。
凛とした冷たい、それでいてどこか優しい冬の空気の中。

いつまでも言葉を返さないカカシ先生を不審に思って顔を上げた。
そこで出会ったのは。
ひどく嬉しそうに笑う、愛しい人の顔。
優しい、優しい笑顔。

「そんなこと、言いましたっけ?」

繋いだ手をもう少しだけ強く握りかえして。

「言いましたよ、何だか特別みたいで嬉しいって」

そっと近付く距離となおさら遅くなる歩調。

「いつ、そんなこと言いましたっけ?」

「いつって、ちょっと前ですよ」

「ちょっと前って、何してるときに言ったんでしたっけ」

「何って…」

いつか抱き合ったあとの睦言にそう漏らしたなどと。
そんなことを言わせたいのか、この男は。

見ればニヤニヤと相変わらずの笑みを湛えて。

「……あんた、ホントは覚えてるでしょう」

「エー、いつでしたっけ?覚えてないなー。教えて下さいよ、イルカ先生」

「絶対イヤです」

「イルカ先生のケチー」


たわいのないそんな会話をしながら、ゆっくりと。
繋いだ手を離すこともなく。
うららかな午後に閉じこめられて、ゆっくりと、ゆっくりと。


それはとても幸せな、お休みの日のこと。


fin


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