Novels


時の辻




 翌日に総勢九名になった暗部は三人一組に分けられて、新入りであるカカシは山猫と暗部二小隊の隊長である鳶とチームを組むことになった。戦場では個別行動が許されている。そうした方がカカシ投入の効果があるだろうという鳶の判断だ。
 しかし、駐屯地では勿論個別行動など許されない。カカシは当然哨戒任務にも携わったし、日々繰り返される小競り合いを観戦する大名の共をすることもあった。但し、やはりどんな顔をして下って良いか分からなかったため木の葉の駐屯地に進んで下りるようなことはしなかった。哨戒も見張りも樹上から行い、きっと一般の忍達は暗部が一人増えたことになど一切気付いてないのに違いない。
 梟の隊が秘密裏に活躍していることはカカシの耳にも届いていた。カカシが伝令として三人の許に赴くこともあったし、暗部だけには寝返り工作の進み具合が知らされていたからだ。
 既にあちら側の三豪族がこちらに協力することを表明している。
 一度仲間を裏切った者は必ずまた裏切る。それが癖になるのだ。だから工作を行った梟たちはそのまま一人一豪族に張り付き、約束が履行されるかどうかを常に見張っている。本当はカカシもあちらに居てその任を担い、もう一人豪族を仲間に引き入れる予定だった。
 結局仲間に引き入れたのは三つの勢力だけだが、それでも拮抗していた勢力を揺らめかせるだけの効果は十二分にある。武力だけの問題ではない。士気にもおおいに拘わってくるからだ。忍はそんな心理戦にも動揺しないように訓練が為されているが、一般兵が中心となるこの戦ではそれは多いに有効となる。
 思った以上に順調に進んでいる現状にカカシは、どうも上手すぎる空気に嫌な匂いを感じ取っていた。
 その日カカシは鳶に命じられて敵陣に忍ぶ梟の許へと潜入した。こちらに優勢と知った大名共が決着をつけたいと俄に逸りだしたし、木の葉も時間を食えば食うほど損害を受ける。いよいよ戦いに決着をつけるため、最終確認を行うのだ。
 いつものように頭まですっぽりと黒の外套を被り、夜闇に乗じて敵陣に忍び込む。見張っている豪族の天幕近くに梟は居た。
「…梟」
「…山犬か」
 すぐに相手はカカシに気が付き、姿を現した。やはりカカシのように黒の外套を羽織っているため闇夜に存在感が薄い。
「…困ったことになったぞ」
 そうきり出したのは梟の方だった。
「…どうしたんだ」
「木の葉との同盟を知ったこちらさんが雲隠れの忍を雇った」
「――――!」
 それは由々しき事態だとカカシもすぐに理解した。両軍に忍が介入すれば一般人対一般人の戦いではなくなってしまう。ほぼ隠里対隠里の戦い――――つまり忍同士の戦いになり、被害は甚大なものになることが明白だったからだ。
「まだ雲隠れは先触れしか来ていないが数日には本隊も到着してしまう」
「何人程か分かるか?」
「…恐らくだが一個大隊…百名は派遣されるだろう」
「百…忍百名か…」
 これは一般人の戦いだと見なし、木の葉の忍は暗部を含め四十名しか派兵されておらず、圧倒的に不利と言える。しかも雲隠れは長く忍稼業をしてきたいわば老舗で、歴史は木の葉よりも古く、人材が厚い。経験を積んだ上忍は負けないかもしれないが、木の葉の下忍と雲の下忍では実力の差がきっと出てくる。
「…まずいな…」
 出来るだけ早く戦争を終わらせたい、そして出来るだけ味方の方の国力も削いでおきたいという里長の意向を知っているカカシは思わず眉を寄せた。当然面を着けているため梟からはカカシの顔は見えない。
「まずい。しかも寝返った豪族達も動揺している」
「…狐狸が…」
 思わず毒づいてしまう。そうしたところで事態は何も変わりはしないのに。
「決戦は急がなくてはいけない…。こちらからとかむこうからとか言ってる場合じゃないぞ。下手すれば忍界大戦の二の舞だ」
「分かってる」
 カカシと梟は手早く意見と段取りを纏め、急いで自陣に戻った。姿を認めた山猫が「なんだ、まだ出発していなかったのか」と不機嫌そうな声を出すほどに早い帰還になる。
「鳶は何処だ?」
 今にも小言を垂れそうだった山猫だったがカカシの声色の厳しさに気づくとひゅっと息を吸い、それから緊張した声で「隊長の天幕だ」と教えてくれた。天幕へと踵を返したカカシに山猫も後を附いてきた。
「失礼する」
 カカシが天幕へと這入ると、そこには鳶を含む木の葉部隊の幹部四名と隊長が揃っていた。当然のことながら、あの暗部を毛嫌いしている幹部も同席している。
「どうした」
 そう声を掛けたのは鳶だった。カカシが梟の許へと飛んだことを知っているのだ。
「…敵陣より報せが」
「何だ」
 鳶が手短にカカシを促し、カカシは訥々と要点を掻い摘んで梟からの話を報告した。徐々に幹部達の顔色が悪くなっていくのが分かる。彼らは曲がりなりにも忍だから、忍界大戦のあの恐ろしさが身に染みて分かっているのだろう。
「…何と言うことだ…」
 そう呟いたのはカカシの従軍にも反対したほど暗部を毛嫌いしている上忍だった。
「きっとこれは暗部が動いたのがばれた所為ではないのか。暗部は脅威だ、誰しも恐ろしいと思うもの。それに対応するために他里の忍を雇うことなど目に見えていたはず…!」
 あんまりな言い分にカカシは思わず面の中で小さく溜息を吐く。それを窘めるように山猫がカカシの脚を小さく蹴った。
 分かっている。ここであの上忍に楯突くのは容易いし、力ずくで分からせるのも簡単だが、反感は絶対に拭えない。わかっているが、この言い分には腹が立つ。
「…それは極論だろう」
 そう静かな声で暴言を窘めたのは隊長だった。
「私はそうだと思わないし、もしも雲隠れの配備が暗部配置対策であったとして、お前は暗部の代わりに敵陣に単身乗り込めたか?」
「――――…」
 その隊長の言葉に男はぐっと押し黙る。
「そもそも一般人の戦いに木の葉が参戦したことが間違いなのだ。一般人自体が忍を恐れているのだからな。もしも雲隠れの配置に何か理由があるのだとすれば、私たちが首を突っ込んだからに他ならないだろう」
 隊長の正論に返す言葉もないとばかりに男は首を項垂れてしまう。
「…過ぎたことを嘆いても仕方ないでしょう」
 そう静かに口を挟んだのは鳶だった。忍はいつだって冷静で残忍でなくてはならない。暗部はその範を垂れるもの。
「最早雲隠れは動き出して居るんです。しかも木の葉と対峙することを了解した上で。雲隠れの攻め入る口実を作らないためには、本格的にぶつかり合う前に決着をつける必要がありますし、猶予はありません」
 その言葉にその場の全員が小さく頷く。如何に暗部に反感を持っていたとしても里を思う気持ちは同じだ。
「では早速大名に進言しよう。雲隠れが正式に配備される日時は?」
「…先遣部隊は既に陣中に入っています。これが数十二名。これより三日の後に雲隠れ百名が配備されます」
 そのカカシの言葉にもう一度天幕の中にしんとした空気が漂った。一般兵同士の戦いと高をくくっていた。そんな顔だった。
「シズル。急ぎ大名への使者を立てるのだ、決戦の時だと」
「はい」
 それまで黙ってやり取りを聞いていた幹部の一人が隊長に礼を示すと素早く天幕を出ていった。
「残ったもの共は急ぎ戦いの準備を調えよ」
 俄に木の葉の駐屯地は騒がしくなった。
 急使が大名からの「明朝本格交戦開始」の判断をもたらす頃には木の葉の忍は一様に出立の準備を調えていた。戦闘の為に特化された職業だから、稼ぎ時だとばかりに気合いが入る。
 夜明け前に一度隊長は四十名ばかりの木の葉の忍を集め、状況の説明を始めた。
「恐らくこれから二日後には雲隠れの忍が敵軍に配属される。恐らくそれまでには戦いは終結しないだろう。早い内に先遣部隊とされる十二名の忍を優先的に狙うのだ。必ず二人一組以上で行動し、一人の忍に対しそのチームで当たること」
 その場でざっと二人一組が組まれる。暗部は誰とも一緒に動かないことを確認する。フレキシブルに動き、仲間のサポートに徹するためだ。
 隊長が作戦の説明の間に有り難い訓辞を織り交ぜている間に、カカシは内心悪態を吐いていた。
 こんな回りくどいことをせず、最初から向こうの司令官の首を掻いておけば良かったのだ。当然暗部にはそれが出来るだけの実力があるし、そうするための部隊の筈だ。避けられる戦いを避けるための、暗殺戦術特殊部隊。
 それなのに今回それをしなかったのは政治的判断によるもので、カカシは面の中で眉を盛大に顰めた。
 そもそも木の葉の生き死にに拘わる争いではなく、付き合いで参加した戦だ。豪族同士の縄張り争いに私欲を駆り立てられた大名達がこぞって参戦し、その内の大名の一人が木の葉のお得意さんで、依頼を断ることもできなかっただけなのだ。いきなり木の葉が敵の司令官の首を掻き切ったのでは分け前も少なくなると判断したのか、大名は暗殺を退けた。木の葉の方も強く押すことはしなかったのも事実だが、こうなってくるとその事実さえ惜しく感じられる。
 恐らく雲隠れの十二名の内半分は戦場に出てこないだろう。大名や司令官を守る任に着くはずだ。恐らくそうした忍は高位で、木の葉の精鋭である暗部による暗殺も一筋縄ではいかなくなるのが目に見えており、強制終結の手を採るには最早手遅れだ。
 欲をかくから、何もかもが後手後手になる。
 世の中に私利私欲が尽きないからカカシ達のように忍を職業として喰っていけているわけだが、それでも無駄に思える命のやり取りは本望ではなく、カカシはふてくされたまま軍議を見ていた。

 東の空に日が昇ると同時に進行の合図である法螺が鳴った。古風なこととカカシは一般兵に混じってのんびり歩きながら思った。
 忍を雇ただけあって、敵側もこの時間の侵攻を知っていたらしく、当然のように待ちかまえる陣を布いてある。両軍がにらみ合う時間は殆どなかった。敵軍の中に入り込んでいた木の葉の忍が俄に動き、敵の一司令官を獲ったからだ。
 一所で上がった絶叫と恐怖がすぐに伝搬し、恐怖に耐えられなくなったものから動き出す。じっと機を窺うこともできない子供に毛が生えた程度の人間を借り出してまで縄張り争いなど、カカシにとっては醜くて仕方ない。美しいのがとても好きだという訳ではないけれど、このみっともなさはナシだ。許容範囲には入らない。これでも同じ人間だと思うと頭が割れそうなほど痛くなる。
 ――――馬鹿げてる…
 カカシは波を打つように混乱が広がる戦場を駆けた。周囲で数がそう多くない木の葉の忍も動いていることがわかる。きちんと隊長の指示通りに二人一組で行動しているようだ。木の葉の冷静さを確認すると、カカシも敵陣に乗り込んだ。面を着けていても、外套を深く被っていても下忍程度なら難なく下せる。
 司令官の一人と思われる馬上の人間の首を撫で、その降りた先の小隊長の腹を割く。誰もカカシを止めるような者は居ない。自分が一陣の風になったような錯覚をどうにか抑え込んで、カカシは敵に狙いを定めて次々と屠っていった。
 その内に忍だと思われる一人と遭遇しても、カカシは動揺することなく三四回切り結んだだけで勝敗は決した。そもそも壁として使われるような忍にカカシが負けることなど皆無と言っていい。もっと研ぎ澄まされた刀のような忍ではなくてはカカシと対等に渡り合うことなど出来ないだろう。
 夜半になって一度敵軍が退いたためにカカシ達も自陣に戻った。但し戦場のテンションそのままに警戒を忘れない。おそらくは今日の夜襲は無いだろうが可能性でいえば絶対に無いとは言えず、体力の余った忍が夜警をし、残りの半数は明日に備えて体を休める。カカシも休むグループに入り、結界を張った天幕に引きこもった。
 翌日は此方が押した状態で戦いが進んでいるかのように見えた。じりじりと戦線が上がり、敵陣が近づいてくる。
 ――――おかしい…。
 カカシが敵兵の一人を屠り空をふっと見上げたその空に鳥が飛んでいた。
 それは鳥の形をしていたが、鳥らしからぬチャクラを纏った異物で、カカシは咄嗟に叫んでいた。
「下がれ!」
 その声がどれだけの人間に届いたかどうか分からない。カカシが自分のもてる最大限のスピードで印を組み結界を張ったのとほぼ同時にそれは来た。
 ドライアイスを焚いたかのような靄が急速にカカシ達を包み視界を奪うと、次いで炎の波が襲ってきた。それは高さが十メートル近くもあり、どっと全てを押し流すように押し寄せてきた。
「ひっ…」
「うわーっ」
 襲い来る炎の波はカカシが出来るだけ大きく張った結界の向こう側を悉く押し流し、十数人を火だるまにした。あちら此方で結界が張られたようだから、カカシ以外の忍も今の術に気が付いて結界を施したらしく、被害は思いの外少ないようだ。
 いきなりの忍術による攻撃は、敵の忍が配置された証だ。
思いの外冷静に対応している木の葉の忍だったが、忍と対峙しても圧倒的力の差がある一般人は混乱している。周囲からどよめきが起こり、今まで善戦していた戦線は乱れに乱れた。
 こういう味方にいくら檄を飛ばしたところで効果は薄い。カカシは結界を解くと、舌打ち混じりでその戦線を単身飛び出した。
 当然そこに待ちかまえていましたとばかりに新しく配置された忍が襲いかかってきて、カカシはそれを容赦なくなぎ倒す。取り敢えず殺さなくても良い、手傷を負わせて戦線を離脱させればいいという考えで、忍刀には出来るだけ多くの種類の血を吸わせた。
 カカシが取りこぼした忍を、友軍の忍が率先して片を付けてくれる様子を横目に、「頭」を捜した。頭さえ取ってしまえば取り敢えず今日一日の猛攻は防ぐことが出来る。
 カカシはこれ以上被害が増えないように、自ら進んで敵中へと身を投じた。



←backnext→