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          * * *



「あれ?」
 缶ジュースを抱えてカカシがおつかいから帰ってくると、当のイルカはすやすやと木の根本で眠りこけていた。ほんの僅かな間しか離れていなかったのにイルカの上には白く雪のように桜の花びらが降り積もっている。
「雪山で遭難した人みたい」
 ひとりごちてカカシはイルカの横に腰を下ろした。取りあえず自分の分のジュースを開けて口を付けながら、イルカの上に無数に降り積もった桜をそっと払い落とす。
「まー、平和そうな顔しちゃって」
 何もかもカカシに預けて安心したように眠るイルカ。それをみてカカシはふと笑った。
 よかった。そう、思う。この人がこんな風に平和に眠ることが出来るようになって、本当に良かったと、そう思う。
「あの時はどうなることかと思ったけどねぇ」
 本当にもう駄目かと思ったけれど、またこうしてこの人が平和に眠る姿を見ることが出来て良かったと心から思う。ジュースが倒れないように気をつけて置いて、カカシは羽織っていた上着をイルカにそっと掛けた。
 巡る2度目の春。もう二度と巡り会えないと思った春。こうして二人、静かで平和に時を過ごせることの幸福。そうしてカカシもまた桜の幹に背中を預けて静かに目蓋を閉じたのだった。



 ふと目を覚ますと自分のすぐ隣、ほんの近くで木の幹に体を預けてカカシが目を閉じていた。寝てる。ぼんやりと寝起きの頭でそう思ったとき、不意にカカシが目を開けた。
 寝てなかったのか…。イルカの頭の中はまだ半分夢の中をいったり来たりしていてどうもぽやぽやしている。
「目が覚めましたか?」
 目を開けたカカシは柔らかな口調でそう聞いた。
「…あ、はい。オレ、どのくらい寝てましたか?」
 寝乱れた髪をかき上げてイルカはあくびをかみ殺した。まだ何となく、眠い。日差しは暖かでイルカの意識を現実世界から剥ぎ取ろうと躍起になっているみたいに思えるくらいだ。
「そんな長い間でもないですよ。1時間くらい」
 ハイこれ。そう言って渡されたのは缶ジュース。そう言えばカカシがこれを買いに行っている間に寝てしまったのだ。
 春があんまりにもうららかで平和で泣きたくなるくらい幸せだったから、泣いてしまわないよう目を閉じた。目蓋を透ける日の光の暖かさをとても久し振りに感じたように思う。
 小さい頃、両親がまだ生きていた頃はもっとこんな感覚をちゃんと持っていたと思うのに。まだ冷たい缶ジュースのプルタブを引き抜いてイルカは小さく笑った。
 あの時。カカシを失ってしまうことにすら気が付いていなかったあの時。それでも世界はあんなにも色褪せて見えた。カカシがいない、それだけだったのに。隣にカカシがちゃんといる。何も失わずに済んだ。
 自分のしたことはあまりにも少なくて何となく申し訳ない気分にもなるけれど、別にいいか、と思う。今幸せだからいいか、と。自分が幸せなら、きっとカカシも満足だろう。カカシのおかげで幸せなのだから、きっと満足だろうとそう、思う。
「いい天気ですねぇ」
 のんびりと呟くカカシ。イルカはそうですね、と相槌を打って空を見上げた。
 空には桜。舞い散る桜。春のほんの少し霞んだような白っぽい青空がとても綺麗だった。



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