MEDUSA
そこには三度訪れたことがある。一度目は家主に伴われて。二度目は証拠品を捜すために一人でこっそり、いわゆる不法侵入。三度目は盛大なカエルのお出迎えを受けた。
イルカの家へとカカシは急いだ。
なぜ、こんなに遠回りをしてしまったのか。自分で自分を殴り飛ばせる器用さがあったら実際にそうしていたかもしれない。自分で自分が腹立たしく、それを出来るだけ早くフォローするために、カカシは一路イルカ宅へと急いだ。
ものの一分ほどで到着したそこは、驚くことにまだ明かりが点っていた。
なんかの偶然だろうかと、その明かりを見上げて、カカシはその偶然をつくりだす何ものかに感謝したい気持ちで一杯になりながら、階段を上った。そして、思いとどまりカカシは屋根を越えて、ベランダ側に飛び降りた。すぐそこはイルカの寝室兼居間で、イルカは何か書き物をしていた。
久しぶりに網膜に映ったイルカの姿にカカシは感動に近いものを覚える。胃のあたりがじわりと温かくなったような気もした。少し、イルカは痩せたようだ。
カカシは緊張する気持ちを抑え込み、そっと窓をノックした。イルカは一度目では気付いてくれず、カカシが二度三度と繰り返すと、ようやく窓の外に目を向けてくれて、そして、息を飲んだようだった。その時に頬が少し赤らんだことに気が付き、カカシは堪らない歓びを感じる。こんなに長く待たせてしまったのに、イルカはまだカカシのことを意識してくれているらしい。
イルカはすぐに窓辺に駆け寄り、内側から窓を開けてくれた。
「こんばんわ、イルカ先生」
出来るだけ普通の声色を装ったが、自分にしては緊張して掠れている。イルカはまだ驚いているようで、口を何度もぱくぱくとさせていた。
「待たせて御免ね、イルカ先生。話がしたくて来ました」
ようやく事態が飲み込めたのか、イルカはようやく口を閉じて、一つ頷く。体を少し反らせて震えたような声で「どうぞ」と言ってくれたような気がしたから、カカシは遠慮なく部屋の中に上がり込んだ。勿論靴は脱いで、ベランダに揃えて置いた。
イルカは台所に行ってばたばたと何かをしている。カカシはそれに附いていって、イルカの腕を引いた。
「お茶なんか要りません。それよりも話を聞いて」
そう強請れば、イルカは戸惑ったように視線を彷徨わせて、それから力無く頷いたのだった。
「今日、イチャイチャシリーズの最新刊を読みました。アレにあなた、取材協力していたんですね」
「はい…」
「イルカ先生は読んだ?」
イルカはカカシが何の話をしたいのか理解できないのか、戸惑ったように小さく首を横に振った。
「それを読んでね、初めて分かったの。イルカ先生が摩雷妃を打ってから、万古蘭影響下にあった人達はみんな治ったけど、オレだけは治らなくて」
「…!」
そのこと自体もイルカには初耳だったのか、びくりと体を震わせるのがカカシには分かった。
「そう、治らなかったの。オレはそれが距離の所為だとか視線を浴びた時間の所為だと思っていました。だから、こんな中途半端な状態であなたに会えばもっとあなたを傷つけると思ってた…」
「……」
イルカはふっと俯いてしまった。抱きしめたいと思う気持ちがむくむくと沸き上がってくるが、それはもう少し後。
「実はねイルカ先生。あなたのことを襲って郊外のあの家まで忍び込んできたくのいちが居たでしょう? あれは実は俺の変化だったんです」
「…えっ」
「あの時イルカ先生は既に力を使わないようにしていたから、どうにかしてこちらを見させてやろうと思って」
「…え…、でもカカシ先生はすぐに助けに来てくれたじゃないですか…」
驚いたせいかイルカがようやく真正面からカカシのことを見据えて、まともに口を聞いてくれる。そのことにカカシは内心ひどく安堵して言葉を続けた。
「あれは影分身です。あの時オレは万古蘭の影響下にある人々を見て、血を見るような恋愛というものにかなり興味を抱いていました。それで、あなたの持つ眼力を使えば手っ取り早くその体験が出来ると思っていたんです。それで考え無しに、あなたの目を見ました」
「…あの時からだったんですか…」
「そしてね、イルカ先生。オレはまだどうやらあなたに惹かれているようなんです。こうして対峙しているだけで、抱きしめてキスしてもっと凄いことをしたいと思っている。毎日あなたのことを考えない日はなかったよ」
ともすれば個人の任務のときは考えていなかったかもしれないが、それは感動的ではないので口を閉ざしておく。
「…何で…」
カカシの赤裸々な告白にイルカは一瞬にして顔を真っ赤に染め上げたけれど、本人が一番摩雷妃の効果を知っているのか、信じられ無さそうに首を小さく横に振っている。
「…その応えは自来也様の本が教えてくれました」
「…イチャイチャシリーズが…?」
「作品内で主人公の男はやっぱり解毒剤を飲み、女はその結果を知ることなく次の仕事に向かうんです。だけど女は仕事中もずっと男の子とを忘れられない。そして、オレよりもずっと健全で建設的な彼女は、男と再会し一つの結果に辿り着くんです」
イルカは期待を込めてカカシを見ている。きっとカカシはその期待に応えられると自信を持っている。
「最初から、あなたのことを好きだったという結果です」
思い返してみれば、カカシはずっとイルカにこだわっていたように思える。恋に落ちたい、特定の相手と恋愛をしたいと思うということは、もう既にその時舟に乗りかかっていると言えるのではないか。万古蘭はただカカシがバカになるきっかけをくれただけに過ぎないし、同居期間に定着・増大してしまった想いは摩雷妃でも浄化不能だったのに違いない。
イルカは一呼吸置いて、それからカカシの言葉の意味を理解したようで、急にうるっと目を潤ませた。そこにカカシは追い打ちを掛けるように畳みかける。
「イルカ先生、好きです」
すると、我慢できなくなったイルカがぼろっと大粒の涙を零した。
「一生なんて約束は出来ませんけど、それでもこの気持ちは今は天然物だっていう自信があります。万古蘭のせいなんかじゃないんです」
出来るだけ自分の気持ちが伝わるようにカカシがイルカの手を取れば、それはイルカの方から強く握られた。
「これからはあなたの側にいさせて」
イルカは泣き出した顔でそのままカカシを見上げ、それから大きく頷いた。カカシの手を振りほどき、首に手を回し自分から体を抱き寄せてくれる。それにカカシもうわっと体中が熱くなって、ぎゅうとイルカの背中を自分の方へと引き寄せた。
「嬉しい…」
イルカのぽつりと呟いた言葉に万感の気持ちを感じ取って、思わず、平謝りに謝りたくなる。
作中で女はすぐに自分の気持ちに気が付いたのに、カカシはずっと遠回りをしていた。まるでこの恋が失われることを期待して居るみたいに。
イルカにこうやって縋り付くように抱きしめられて、この上ない幸せを感じ、本当に風化してしまうのを待たなくて良かったと思う。
これまでイルカが感じていた寂しさをもう二度と感じさせないことを心に誓いながら、カカシはイルカに口付けた。抵抗しないイルカの唇は涙の塩味がして、それはカカシをひどく高ぶらせたのだった。
それに密着しているイルカが気付かない訳がない。これ以上はまずいとカカシが体を離そうとしたその前に、イルカの手がそっとカカシの股間に宛われた。
「…!」
あまりの衝撃にそのまま射精してしまうかと思った。イルカはカカシに口づけを続けたまま、やわやわとカカシの性器を服の上から刺激してくる。
「…オレだって、待ってたんですから…っ」
そのイルカのつぶやきを聞いてカカシが黙っていられるはずもなかった。イルカを抱え上げてあっという間に彼の普段使っているベッドに押しつけた。自分でもどういう動きをしたのかよく分かってないくらい夢中で。
ベッドに押しつけたイルカの唇を塞ぎ、手荒に服を剥けば眩暈がするほど感動している。まさかもう一度イルカと抱き合う日が来るなんて想いもしてなかったから、望外の喜びがカカシの興奮を煽った。
「…カカシ先生、好きです…」
イルカのその言葉でカカシは一瞬にして理性を失った。
ふたりとも明日が仕事だというのに、そんな俗事に構っていられないとばかりに、お互いを貪ることに没頭した。
イルカは相変わらず感じやすい体をしていたし、一人の時にはろくに抜いていなかったようで、一度目はアッという間の事だった。それからそのぬめりを使って後ろを解したが、あまりの興奮でカカシはそれだけでイッてしまいそうだった。それを堪えてイルカの中に入り込んだときには、思わず涙が出るほどに感動して、そして三擦り半でイルカの中をたっぷりと濡らしてしまった。
こんなに気持ちがいいセックスは初めてだとカカシは余韻を噛みしめる。一度だけでは全く足りなかった。
二度目は長く犯し、尻でも結構感じることの出来るイルカは、気持ちよさそうに啼いてくれた。何度も行為を繰り返していればすぐに尻だけでも快楽を追えるようになるだろうと思うと、言いようのない興奮と期待が沸き上がる。
イルカの全部を余すところなく見て舐め触れるのはこの上ない歓びとなり、カカシは恥ずかしがるイルカをベッドに縫いつけて、泣かせた。
この気持ちが、作られたものであるわけがない、とカカシは確信を抱きながら、もう何度目か分からない精をイルカの中に漏らした。イルカもカカシが射精したのが分かったのか、腰を震わせて鳴き、自らも前からも後ろからもシーツに零していた。
目が覚めると、世界が変わって見えた。
そこがすすけた自分の部屋ではなくて、古びたイルカの部屋だからと言うだけが理由ではないはずだ。すでにイルカは腕の中には居なかったが、カカシにはまだ昨日の余韻に浸り、幸せであることには変わりなかった。
イルカがカカシのために台所に立っているのだ。料理をする音で目が覚めるなんて、なんて幸せなことだろう。同居しているときはそれが毎日続いていて、失った今、その価値を再確認する。
ぱたぱたとイルカが忙しなく台所を右往左往している音が聞こえる、きっと急なカカシの来訪に少しでも良いところを見せようと必至になっているのだろう。別にカカシはイルカさえ居てくれれば白飯にふりかけご飯でも立派な食事になると思う。けれどそれを言えば二度とイルカが料理を作ってくれることはなくなるだろうから、口を閉ざした。ただ、あなたが居てくれて幸せだと、それだけは告げよう。
恋愛はひどく辛くてしんどい。カカシの予想以上の餓えを感じたが、強くなったという感じはしなかった。ただ、替わりに得られるものは大きいと言うことが分かった。
魂の安寧がそこにある。里に忠誠を誓うとか血の情とかそんなものではなくて、もっと自分で選び取った何か強い絆があるような気がする。
これが最後になるとは断言できないけれど、そんな予感はしている。イルカがきっとカカシの最後。
「カカシ先生、そろそろ起きて下さい。朝ご飯出来ますよ」
イルカの声もどこか甘く聞こえる。そっと甘えるようにカカシはイルカに向かって両手を差し出せば、イルカは溜息を吐いて呆れたような顔をしながら、菜箸を持ったそのままの手でその手を取り、引き起こしてくれた。
「あなたが居てくれて幸せです」
そのカカシの突然の告白にイルカは最初面食らったようだけど、それからすぐに笑ってくれた。
「オレもです」
睨み付けるような黒い瞳も良いなと思っていたが、笑い顔も可愛いものだ。カカシはどさくさに紛れてイルカのことを抱きしめて項に唇を落とした。
きっとこれから、平坦な毎日は終わり、感情の起伏が異様に激しくなる日々が始まるのだろう。その生活はきっとイチャパラにも負けないはずだ。
その時にはこそっと自来也にリークしても良いなと思った。
もうあんな変な薬を使われるのは御免だ。
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