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「白状します」
 カカシが神妙な態度でそう切り出してきたのは、想いの通じ合った翌日の昼だった。その日一日中イルカはカカシの部屋で寝込む羽目になってしまった。カカシが無茶を押し通したからだ。
 昨晩最後の方ではイルカの意識はなかった。何時寝たのか、何時終わったのかさえ記憶になく、目を覚ましてみれば満身創痍の体たらく。カカシの顔がつやつやでにやけているのが、普段からなのかイルカの犠牲の賜物なのかは分からなかったが、どちらにしろ軽く羨ましい。
 かろうじて覚えていることは、カカシの無茶によってイルカはあられもない事を散々口にしたことだけ。覚えていなくてもいいことなのに、そういうことだけはしっかり覚えている自分の脳みそが恨めしい。その所為でカカシの顔がまともに見られないのだから。
 しかし、カカシはイルカのそんな照れに気づかない様子で、優しく髪を梳きながら話しかけてきたのだ。
「…まだ何か隠していたんですか…?」
 よくもそんなに一人で抱え込む事が出来るな、というへんな感心をした声は意外に呆れたような声色になってしまった。
「別に隠したつもりはないんですけど…」
 責めるつもりもなかったんだけど、とは今更言えない。
「…それで何をぶっちゃけてくれるんですか?」
「それがですねー…、実は俺、二年前のことをイルカ先生と再会するまで忘れきっていたんですよ」
 確かに、それは初耳だ。思わずぎょっとしてカカシを振り返る。
「あ、でも見た瞬間思い出したんですよね。この人は――――って」
 つまりイルカに会った瞬間にカカシの中に何かひらめくものがあったと言う事だろう。何か強烈なインパクトがあったに違いない。
「次々にいろんなこと思い出しちゃって、いつの間にか好きになっていました」
あっけらかんとして白状してくるカカシにイルカは少し頭を抱えた。それは白状じゃなくて告白だ。
「それ、もっと早くに言ってくれてたら良かったのに…」
 そしたらもっと早くイルカは憧れの人を捉まえる事が出来ていたのではないか。
「だって、自信なかったし」
「そんな態度じゃないじゃないですか」
 イルカを陥落させるのだって自信満々だったのではないかと今でも思う。
 当然イルカのなかでカカシと自分の憧れの人は重なる事はなかった。ちょっとおかしな上忍程度の認識しかなかったのだ。しかし、体のどこかがカカシの事を覚えていたようで、この人を知っているという既視感はあった。カカシを見ていて言動の端々に誰かに似ていると思う事は多々あり、じっと観察する事が多くなった。そして、いつの間にか好きになっていたのだった。
 最初イルカは自分の気持ちを自覚した時には混乱した。カカシを好きな一方、確かにあの暗部の姿もどこかで追いかけていたからだ。自分がそんな器用な恋愛をする人間だと思えない。
 そして、カカシと憧れの彼の人との影が重なったのはひのいが現れてからだった。ひのいが自分のことのようにカカシのことを語るのを羨ましく疎ましく思いながら、イルカはカカシの写輪眼の事に触れたときに、あの暗部の左目にも罅のような傷跡があったことを思い出した。その時から、カカシと暗部を結び付け始めた。
「…おれも、じゃあ、白状しないといけませんかねえ…」
 ん? とカカシは優しく首を傾げる。
「…ひのいの事です…。本当はひのいがカカシ先生のことを吹聴するの、止められなかったわけじゃないんですよ」
 髪を梳いていたカカシの手がイルカの頬を撫で、頤を辿る。徐々に不埒に動こうとする手を阻むために、イルカはカカシの手に自ら指を絡めた。これ以上オイタをされたら、明日もイルカは復帰できないから、それだけは阻止せねば。
「本当は俺が聞きたかったんです、カカシ先生のこと。だから止められませんでした」
 それは本当のことだ。カカシは自分から自分の話を殆どしないから、不本意ながらイルカにはひのいから情報収集するしか手がなかったのだ。自分ひとりだけに聞かせろと強く出ることが出来ないなら、大衆に混じるしか方法はない。
「これからは俺に直接聞いてくださいね…」
 カカシはそっと壊れ物を扱うようにイルカを抱きこんで、昼間から一緒に惰眠をむさぼる。それはとても幸せで満ち足りた時間だった。



 これから起こることになんて目の前にある幸せの前では瑣末なこととしか思えず、それ以前に見えないことが多い。
 二人はまだその事に気づいていなかった。



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