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朝起きたら、隣に。
カカシ先生がいた。
ただそれだけのこと。



退屈な夕食 幸福な朝食




朝。
まだほんの少し早い時間。
休日の、朝。


その日、なぜだか分からないけれど不意に朝まだ早い時間に目を覚ました。
今日は休みで、仕事があるときでさえこんな時間には目を覚ますことはないというのに、どういう訳なのか今日に限って目が覚めた。
そうして、驚く。
自分が誰かの腕の中に抱き込まれていることに気が付いて。

あれ?

イルカはほんの少し混乱する頭を抱えて抱き込んでいる相手を起こさぬよう注意深く息を吐いた。

なんで?

そっと視線だけをずらして自分の胸元を覗き込む。
昨日付いたばかり、という真新しい鬱血の跡は幸いなことに確認出来ず緩く緩くもう一度息を吐き出した。
どうやら自分の記憶がおかしいわけではなさそうだった。
昨日布団にはいるときは、確かに一人だったと記憶している。
アカデミーから帰って一人で退屈な夕食を取ったのだから。
無意識に作りすぎてしまった二人分の夕食をほんの少し悲しく思ってしまったのを、覚えている。
帰ってこないのが分かっているのにほんの少しだけ遅くまで、意味もなく起きていてしまったのを覚えているから。
それでも、そんな風に自分を疑うみたいに確認してしまったのは、それは。
あんまり一緒にいることが自然で昨日一緒に寝たのを忘れてしまっているのかと、そう思ったからだ。
イルカを胸に抱き込んで眠るその人の髪がまだわずかに湿っていることに気が付いてカカシがさっきここに来て眠りについたばかりだと言うことが伺えた。
任務だと言っていたから。
そう大した任務じゃないから明日中には帰れると思うんですけどね。
昨日の朝、そういって出かけていったから。
きっと任務が終わったあと休まず夜通し駆けてきて、その足でここに来たのだろうと思う。
それから多分風呂に入って適当に髪を乾かして、布団に潜り込んだのだろう。
カカシの気配はあんまりにも肌に馴染んでいて、全くそのことに気が付かなかった自分にほんの少しの羞恥を感じる。
もはやどうかしてるといってもいいくらい、本当にどうかしてる。
カカシに、どうにかされてしまったのかと疑うくらいには。
多分カカシは自分のとてもよく知っている顔で嬉しそうに笑ったに違いない。
カカシの気配に馴染んで全然目を覚まさない自分を見てさも嬉しそうに笑って布団に潜り込んだに違いないのだ。
その腕に、抱き込んでもまるで気が付かない自分に、無意識にカカシを抱き寄せるように腕を回してくる自分に。
多分嬉しそうに笑って、そうして眠りについたのだろうと、そう思ったら恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
目が覚めたとき自分はカカシの胸に、広くて温かい確かな鼓動を刻むその胸に、顔をぴたりと押し当てていたのだから。
片腕はちゃっかりカカシの背中に廻っていたし、その腕は今もってカカシの背中に張り付いたままだ。
あまり派手に動くと、カカシが起きてしまうから今更その腕を取るわけにもいかず困ってしまう。
カカシはよく寝たふりをしてこうして自分がおたおたしているのを感じて楽しんでいることがあるのだけれど、今日はまだ本気で寝ている。
珍しいことで。
それはとても、珍しいことで。
本当に眠っているカカシに出会うなんてホントにまだ数回しかない。
あんなにも沢山一緒に寝ているにもかかわらず、だ。
こんな事全然自慢にならなくていつもいつも間抜けな寝顔をカカシに晒していることがなんだか急に恥ずかしいような気もしてくる。今さらだけど。
ひどく至近距離で見るカカシの寝顔は普段よりもあどけなくてうっとりと見とれてしまう。
色素の薄い肌と柔らかい銀の髪。
驚くほど端正な顔をしているのにどうしてかその顔を普段は隠してしまっている。
それをもったいないと思う以上に惜しげもなく晒される素顔に優越感を感じずにはいられなくて、イルカは自分の浅ましさに頭が痛くなった。
どうしてこう、この人のこととなると自分はいつもいつもいつも、心狭い、独占欲の強い、わがままで身勝手な人間に成り下がってしまうのだろうか。
初めて手に入れた恋というヤツは厄介でどうしようもない。
どうしようもなく、厄介で自分の気持ちすら自由にならなくて、そのくせ何もかもどうでもよくなるくらい幸せで、困る。

起きてもイイや。
むしろ起きてしまえ。
そう思ってイルカは、背中に回した手にもう少し力を込めてカカシの胸元に頬をすりつけた。
けれども、カカシは小さく息を漏らしてイルカを抱え直すとまた規則的な寝息を立て始めていた。
それは無意識の行動。寝返りを打った程度の。その腕に抱えたのは、いつもあるはずの体温。
だから多分、目覚めない。
きっと自分の今の態度も、カカシの眠りの中にはいつもある行動なのだろうと不意に思い当たった。
いつもこんな風にカカシにすり寄ってるに違いない。
恥ずかしい。何て恥ずかしいんだろう。
いつからこんなにも甘えたがりになったのか。
ずぶずぶと羞恥に沈み込むイルカは困ったように眉根を寄せた。
拘束はまた強くなるし、いよいよますますイルカは身動きのとれぬ状況に陥っていて、それでもこれほど安心してカカシが眠ってくれるのならもう何でもいいかと思いながら、イルカは諦めた様にカカシの胸に顔を埋める。
そうして次に目覚めたときの幸福な朝の食卓をふと思って、ひどく幸せそうに目を閉じたのだった。



fin


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