Short


ワガママ





「イルカ先生、そろそろ起きませんかー?」

ウトウトと半分夢の中にいたイルカの耳に聞き慣れた声が届く。
ぼんやりと目を上げると見慣れた銀色が視界に映った。

もうお昼ですよー、などと呑気に話す目の前の男に何だか無性に腹が立った。
誰のせいでこんな時間までベットにへばりつく羽目になったと思っているのか。
腰は痛いし、全身は鉛を飲み込んだように重い。
頭も重いし、多分間違いなく声も枯れていることだろう。

こんなにもしんどい思いをしてるのに、憎たらしい目の前の男は晴れがましい顔をして、呑気に自分を覗き込んでいる。

そのことに、無性に腹が立って。

いつもなら、絶対に言わない、非道く子供じみた我が儘を。

言ってみることにした。

「カカシ先生、オハヨウゴザイマス」

あまり感情のこもらない掠れた声でそう言うと、何だか困ったようにオハヨウゴザイマス、と返してくる。

「……機嫌、悪いですか?もしかして」

そう聞いてくるカカシを無視してにっこりと笑い、最初の我が儘を口にした。

「カカシ先生、オレ風呂に入りたいんですけど」

身体がベタベタして気持ち悪いんですよね。と付け加えながらにこにこと笑いかける。

「そう言うと思って、風呂、沸かしてありますよ」

「そんなことは当たり前です」

だったら何だと言うのだろう。どうしたらいいのか分からず固まっているカカシに、イルカはゆっくりと手をさしのべる。

「早くして下さい」

「えっと、……イルカ先生?」

全く状況の読み込めないカカシにイルカは言い放った。

「抱いて連れてって下さい」



浴室でイルカの手入れの良くない髪を洗いながら、と言うよりは洗わせられながら、カカシは今日のイルカの行動に内心非道く混乱していた。

普段横抱きにしようモノなら烈火のごとく怒るイルカが。
自ら抱いて風呂に連れて行けと言ったり。

その上風呂に着いたら着いたで身体を洗えだの、髪を洗えだの注文が多い。
どうも今日は自分では指一本動かすつもりもないらしいが。

それにかこつけてイタズラをしようにも、何だかイルカから発するオーラが怖くて迂闊に手も出せそうにない。

わしゃわしゃと泡を立てながら
「痒い所とかないですか?」
と聞いてみるが一向に返事がない。

「イルカ先生?」

のぞいてみれば静かに寝息を立てながらうつらうつらと船をこいでいた。

何だかなあ……。

シャワーでシャンプーを綺麗に流して、トリートメントを馴染ませる。
何を考えてこんな奇行に出ているのかは分からないが、こうして安心しきったように自分に身を預けるイルカを見るのは何だか幸せだった。

すっかり洗い上がった後浴槽に沈めても、風呂から上がって体を拭いているときも結局イルカは半分寝ているみたいだった。



濡れた髪を拭う優しい感触にまたしてもうつらうつらと船を漕ぎはじめるイルカに、カカシはどうしたモノかと首を傾げる。

いつもと勝手の違うイルカに正直振り回されている。

あらかた乾いた髪に触って後ろからやんわりと抱きしめてみた。
ふと意識を引き戻されたイルカが、コトンとカカシの肩に頭を乗せる。

耳元でクスリと笑う声が聞こえて、カカシはイルカを覗き込んだ。

「やっぱり、慣れない事はするもんじゃないですね」

イルカは可笑しそうにそう呟いた。
こんなに頑張っているのに何かお気に召さないところでもあったのだろうか。
何となく不満げに呟く。

「そりゃ、イルカ先生に比べたらオレは人の世話なんてうまくないですけどね」

情けない顔をして溜め息をもらす上忍に、余計におかしさが込み上げたのかイルカは笑いを止めないままこう続ける。

「いえ、そうじゃなくって」

くすくすと笑いを堪えながらイルカが呟いた。

「いえね、オレ、我が儘って聞き慣れてるけど、言い慣れてないから」

何だか可笑しくて、と続けるイルカは非道く幸せそうで。

「ホントは今日一日我が儘言おうかと思ってたんですけど」

「けど?」

「もう気が済みました」

「え?」

「何か、一生分の我が儘言った気分です」

そう言いながら笑うイルカの笑顔はひどく綺麗で。
胸が痛かった。

「イルカ先生」

「はい?」

「オレには、もっと我が儘でもいいんですよ?」

石鹸の香りのするイルカの首筋に顔を埋めたままそんな風に言ってみる。
イルカはほんの少し驚いた様な顔をして、そうですね、と呟いた。

もっと、我が儘を言って欲しいと思う。

そして、何よりも、誰にも我が儘を言えないイルカが、自分には我が儘を言ってくれたことが。
ひどく不器用な甘え方しかできないこの人が、愛おしかった。

いつもとは少しずれた休日。
たまにはこんな日もいいけれど。

「まぁ、どっちかって言うと今日のは我が儘を言ってたというよりは単に甘えてたって感じですけどね」

見る間に顔を真っ赤にして俯いたイルカを見て、やっと日常が戻ってきたような気がしたカカシだった。


fin


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