Short






別に怒ってるとか、そう言うんじゃなかった。

この気持ちの正体を、よく知っている。
知っているから、言えなかっただけ。

だって恥ずかしいじゃないか、こんな歳にもなって。


ただ、甘えてるだけなんて。



Sweet Honey




「イルカ先生、何怒ってんですか?」

しゅんしゅんと音を立て始めたやかんの前に、非道く難しい顔のイルカが立っていた。
カチリとコンロを止めて、用意してあったコーヒーカップに乱暴に湯を注ぎ入れる。

「別に怒ってませんよ。」

ムッツリとしたままそんなことを言っているが、何の説得力もない。

「じゃあ、何でそんな不機嫌そうな顔してんですか。」

イルカもカカシもいつもの黒装束ではなく休日用のラフな格好で、惜しげもなく晒されたカカシの素顔をチラリと盗み見たあと、2つ目のコーヒーカップに湯を注いだ。

「そんな顔してません。」

やかんをコンロの上に戻して、カップのひとつをぐいとカカシに渡すとそのままキッチンを出ていってしまった。


「じゃあ何でコーヒー混ぜてくれないんですか。」

情けないカカシの呟きは誰にも聞かれることがないまま、琥珀色の液体に吸い込まれる。
一人寂しく銀のスプーンをくるくると回しながら、イルカの消えた方へトボトボと歩き出すカカシだった。


キッチンから続くリビングのソファーに腰掛けて、イルカは一人でコーヒーを啜っている。
眉間にはまだしわが寄せられたままで、久しぶりに会ったのに今日は一度も笑顔を見ていない。
そのことが思いの外カカシに重いダメージを与えている。

寂しいなあ。
コーヒーに口を付けながら、イルカの横顔を少し後ろからぼんやりと眺める。

それにしても、今回はさっぱり理由が分からない。
何も怒らす様なことはしていないはずである。

だって昨日まで、里にいなかったのだから。

昨日の晩そんなに無理させたかなあ。

などと見当違いなことを考えていたら、イルカが一瞬こちらを見たのが分かった。

今の顔は、もしかして。

「イルカ先生、もしかして寂しかったんですか?」

コーヒーを近くのサイドテーブルに置いて、真後ろからイルカを覗き込んでみた。
俯いているせいで表情は確認できないが首筋がほんのり紅く染まっている。

「そんなことは、ありません。」

非常に可愛くない返事だが、非常に可愛い首筋に免じてストンと隣に腰を下ろす。

「じゃあ、何でそんな顔してんですか?」

イルカの手からカップを取り上げてテーブルに置きながら下から覗き込むと、真っ赤な泣きそうな顔をしていた。

「何で、そんな泣きそうな顔してんですか?」

そっと頬に手を当てて顔を上げさせる。
いつもは結い上げてある髪が今日は無造作に下ろされたままで、カカシは髪を掻き上げなからそっと口付ける。

そっと、優しくその額に、目蓋に、頬に、唇に、優しいキスを繰り返す。

泣きそうにゆがめられていた顔は、もう泣きそうではなくなっていた。
けれど。

名残惜しげに唇を離しながらカカシは少し困った顔をした。

「イルカ先生、何で笑ってくれないんですか。」

ちゅ、と音を立ててまたキスをする。

繰り返されるキスにも、イルカは微笑まない。

「やっぱり怒ってるんですか?」

情けない顔でイルカの肩に顔を埋めようとしたカカシに、イルカはぽつりと言った。

「やめたら、怒ります。」

驚いた顔でイルカを見つめれば、相変わらずムッツリとしたままの表情で。

「じゃあ、機嫌が直るまで、キスしましょうか。」

カカシは非道く満足そうに笑うと、イルカの顔中にキスの雨を降らせながらその身体をソファに沈めたのだった。


fin


歯が疼く…。うぅ。
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