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やけに心細いような気持ちになって。
繋いだ手を、離したくなくて。

眠りに落ちるまでの短い間。

絡めた指をそのままに。

そう願った、薄い月の夜。


小さな願いは朝まで叶えられたままだった。



日曜日の朝の出来事




「……で、その時ナルトがですね」

今日のイルカ先生はちょっとおかしい。
と言うかよく喋る。

「ああ、そうだそう言えばこの間アカデミーで……」

起きてからおはようございますと挨拶をして、食卓につくまでずっと。
ついてご飯を食べだしてからもずっと。

息付く間もないほどべらべらと。
よくもまあそんなに喋ることがあるもんだとほとほと感心しながら適当に相槌を打っていた。
全くオレに喋る隙を与えないその喋りっぷりは見事とも言えなくはないが。

「イルカ先生…」

隙を見計らって口を挟んでみようと試みる。
だが、しかし。

「あぁ、お茶ですか?ちょっと待って下さい」

僅かに視線を逸らしたままそそくさと立ち上がって台所へと消えていった。
さすがにかわされたか、と思いながらどうやってあのマシンガントークを止めようかと思いを巡らす。
何だってあんなに喋るのかは予想が付いているが、可愛いあの人の困った顔が見たくてそれにはやっぱり少しお喋りを休んでもらう必要がある。


急須と湯飲みをお盆に載せてイルカ先生が台所から現れる。
先に話しかけようと思っていたら、あっけなく最初の言葉をイルカ先生にさらわれた。

「そう言えば、カカシ先生。この間3代目がおっしゃってたんですけど…」

熱いお茶の注がれた湯飲みがトン、と目の前に置かれて、まだまだ続きそうなイルカ先生の意味があるのかないのか分からない話。

止めようと思っても、そう止められるものでもない。
だってどうやったってこの人の声が好きだから。
雨に打たれるみたいに、降り注ぐこの人の声を聴いているだけで幸せな気分になれるから、ついその柔らかな声に聞き入ってしまって。


かちゃかちゃと音を立てながら片づいていく食器に合わせて歌うように響くイルカ先生の声。
もうそろそろ止めないと喉に悪いかな。

そう思って机越しにゆっくりと近づいてキスをした。

テープレコーダを止めるみたいに、唐突に途切れたイルカ先生の話。
ゆっくりと触れるだけのキスをしたまま机に置かれたままの手を取って指を絡めた。

昨日の夜と同じように唇を離してそっと囁く。

「何がそんなに恥ずかしいんですか?」

少し笑いを含んだ声でそう耳元で囁けば見る見る紅く染まっていく頬と耳元。

視線は僅かに逸らされたまま、ぼそりとイルカ先生は呟いた。

「何の、話ですか?」

困った顔をした可愛い人にもっと可愛い顔をしてもらいたくて。

「いえね、昨日眠るまで手を繋いでて欲しいって言ったことが恥ずかしいと思ってるのは知ってるんですけど、それのどこが恥ずかしいのかな、と思って」

視線を合わそうと顔を覗き込めばふいと横を向いてしまう。
可愛い人。

「イルカ先生知ってます?」

そう聞けば、真っ赤な顔のまま不信げな視線をこちらに向ける。
こんな事言ったら、ひょっとすると怒られるかもしれないけれど。

「おれたち両思いのラブラブカップルなんですよ?しかもかなり深い仲。手ぐらい繋いで寝ても恥ずかしくないと思うんですけどねぇ」

てっきり怒鳴られて手を振りほどかれると思っていたら、静かに俯いてぎゅうと手を握り返された。

その、温かい手の平。

「どうしたんですかイルカ先生?さっきまではあんなに喋ってたのに」

堪えきれない笑いを声に滲ませたままそう囁けば。

「あんたのそう言う台詞が恥ずかしいんです」

俯いたまま、そう答えて離れようとするその手と指。
そっとゆるめられた指をもう一度堅く握ってみる。

「離して下さい。片づけなくちゃ……」

その言葉をさらうみたいにもう一度口付けて、ちゅ、と音を立てて離す。

「今日は一日手を繋いでましょうよ」

そう囁けば。

「イヤです。これ以上喋り続けたら声が枯れます」

小さな声でそんな風に返される。
だけどまだ繋がれたままの手。

真っ赤な顔で俯いたまま居心地の良い沈黙が下りて来ていた。

あなたの照れ隠しのお喋りが、止まってしまったことが少し残念ではあるけれど。


もっとオレに甘えてくれればいいのに。
繋いだ指に力を込めて。

もう一度イルカ先生にゆっくりと口付けた。


日曜日の朝の出来事。


fin


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