Short


スウィートチョコレート





本日は2月14日。
俗にバレンタインデーという奴だ。
要は女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日、である。




その日、たまたま任務が入っていなかったカカシは久しぶりの休日を主のいないイルカ宅で過ごしていた。
日長一日ただひたすらにイルカの帰りをただ待つという無駄かつ、本人にとってはとても有意義な休日を送っていたのである。
そうして待望のイルカ帰宅。
ただ一つ、いつもと違っていたのは何を思ったかイルカが玄関のチャイムを鳴らしたことにあった。

当然のごとくカカシが扉を開けると、そこには見慣れぬ紙袋を持ったイルカが立っている。
朝はなかった。
朝出かける時はいつもの鞄だけだったはず。
出掛けに無理矢理行ってらっしゃいのキスをしたとき押さえ込んだ手には鞄以外なにも握られていなかった。
飲み込みきれなかった唾液を拭ってあげた時空いた手で殴られたのだから間違いはないはずで。
なのに、イルカが見慣れぬ紙袋を持ってそこに立っている。
イルカの前に立ちはだかったまま紙袋を凝視しているカカシにイルカは、あぁ、と声をあげた。

「これ、ですか?」

紙袋を少し持ち上げて少し照れくさそうに笑う。

「今日、バレンタインじゃないですか。義理ばっかり何ですけど生徒やら同僚の先生方から頂きましてね」

ほら、とカカシの前で紙袋を開いてみせるとそこには色とりどりにラッピングされたチョコレートと思しきモノが所狭しと詰め込まれている。
何だか無性に面白くない気分がして、さっさと部屋の中に入るイルカに後ろから抱きついた。

「何、カカシ先生、チョコ欲しいんですか?」

紙袋を大事そうに抱えたままカカシの腕に掴まったイルカは首をひねってほんの少し下から覗き込みながらニヤニヤと聞く。

「それとも貰える宛てもないとか?」

「別にそんなモン欲しくはないですけどね。それに宛はあるけど貰えないでしょうし」

肩口に顔を埋めて貰いたい『宛』にそう呟いた。

「へぇ」

完全に面白がっているらしいその態度が何となく悔しくてその額当てをするりとほどく。
床に放ればカチンと渇いた音を立てて転がったそれを気にするわけでもなくイルカはまだニヤニヤと笑っていた。

「俺と違って可愛い女の子やら綺麗なおねーさま方から本命チョコ貰えるじゃないですか」

可愛くない。
もらったというチョコレートはいまだその腕に大事そうに抱えられたまま。
みんなのイルカ先生じゃなくて俺のイルカ先生が欲しくて髪を束ねていた紐を無意識に解く。
はらりと広がった黒い髪を見てイルカはますます可笑しそうに笑った。

「チョコなんてね、どんなに本命チョコでも自分の本命から貰えなきゃ意味無いんですよ」

アンタから貰いたいんです。
バレンタインのことなどすっかり失念していたにもかかわらず、いざこういった状況に陥ると無性にイルカのチョコが欲しくて堪らない。
自分でも馬鹿じゃないかと溜息が出た。

「チョコなんて、用意してると思いますか?」

「……思ってませんけど」

思ってなんていませんけどね。
ケド、やっぱりアンタが誰かにチョコもらってそれを大事そうに抱えてたら面白くないし貰えたらどんなに嬉しいだろう、とか思ったりもするわけですよ。
どんよりと自分の考えに落ち込んでいたら、いつの間にか荷物を床に放ったイルカが腕の中でゴソゴソと向きを変えて正面からカカシを見ている。
そうして相も変わらず意地の悪い笑顔まま両手で頬を包まれていた。

「なんて顔してんですか」

口調は幾分柔らかいがその瞳はまだ面白がっている。

「別に、普通ですよ」

全然普通じゃないのにそう言って、コレじゃあまるで拗ねてる子供みたいだと我ながら思う。

「欲しいんですか?カカシ先生」

だけれどイルカは意地の悪い人のままそんな風に聞いた。

「欲しいって言ったらくれるんですか?」

からかわれてるのかそうでないのか逆にイルカに聞き返すと困ったように視線を逸らして
その手を首に回される。

「でもねぇ、ホントにチョコなんて買ってないですからねー」

どうしましょう。
珍しくイルカに抱きしめられたまま耳元でそんな風に囁かれた。
別にホントはチョコなんかじゃなくてもいいんですけど。
わざわざ買ったりしなくてもチョコよりもずっと甘くて魅力的な物が目の前にあるんですけど。
そう言おうとしたとき。
そうだ、といって不意にイルカが手を離す。
離れていった温もりを名残惜しく思いながらイルカを見れば例の紙袋ではなく自分の鞄をゴソゴソと漁っていた。
あった、そう嬉しそうに言って取り出したのは何の変哲もない板チョコ。

「ハイ、どうぞ。カカシ先生」

食べかけのそれをそのまま無造作に渡す。

「何です、コレ?」

「チョコに見えませんか?」

少し含みのあるようなその笑顔にカカシは何となく脱力感を覚える。

「イルカ先生、ちょっと聞くんですけどコレって先生が残業で疲れた時
食べてたりするチョコレートじゃないですか?」
「……こういうのって気分の問題だと思うんですよ、カカシ先生」

要らないんですか。そう言って微笑まれて要らないなどとは言えるはずがない。
そうでなくても元よりイルカから貰った大事な大事なチョコレートを要らないなどとどうして言うものか。

「要りますとも」

そう言って食べかけの惨めなチョコレートの銀紙をペリペリと剥がすカカシを見てイルカはひどく満足そうな顔で笑った。

「それ、100円だったんです」

そうしてチョコレートを指さしていきなりそんなことを言い出す。
突然の発言の意味が分からずに食べかけチョコを持ったまま困惑していると笑顔のイルカはカカシにそっと耳打ちした。

「はたけ上忍に限りホワイトデーは100倍返しが鉄則なんだそうですよ」

チョコを片手に持ったまま、カカシはイルカに抱きつくと情けない声で「ハ〜イ」と溜め息を漏らす。

「100倍にでも200倍にでもして返しますから、イルカ先生もうちょっと甘いモノ下さいね」

「え?」

と聞き返したときにはイルカは既にカカシの肩に担ぎ上げられていた。
行く先は当然まだ眠るには早い寝室で、肩の上でじたばたともがくイルカにカカシはやっと満足げに笑ったのだった。


fin


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