さらさらと、粉雪のように舞うのは、花びら。
さあさあと、細く微かな音を立てて。
視界を埋めるのは白い闇。
埋め尽くすように降る花びらの白い闇。
白い闇は薄く紅色に染まって。
今日も一人、白い白い闇の中。
遙か彼方で振り返る、愛しい人の面影だけが鮮やかな色を持っている。
桜闇
いつからこうしていたのだろう。
気が付けば桜の花びらに埋もれていた。
腰掛けたベンチにも肩にも膝にもきっと頭の上にも桜の花びらが降り積もって。
視界は春霞の中花びらに覆われて、まるで白い闇の中にいるようだった。
視線をあげれば僅か遠く、サクラが歩いてくるのが見える。
少しの間、春の陽気に誘われて眠ってしまっていたのか。
まるで夢の続きの中にいるように、白い闇の中、サクラだけが鮮やかに浮かび上がる。
「やっと見つけた。こんな所で何してるの?」
「お花見でもと思ってたらいつの間にか寝てたみたいね。」
目の前に立つ愛しい人は微かに笑って。
柔らかい手の平がそっと頭の上の花びらを払いのける。
まるで夢の続きのようだと、そう。
花びらを払う手をそのままにぼんやりと思った。
これは夢で、醒めない夢で。
このまま白い闇に閉じこめられたまま。
消えてしまうのかと、そう、思う。
「何寝ぼけてるの?」
クスクスと鼓膜をくすぐる柔らかい声。
このままこの空間に閉じこめられたまま。
2人きりで居るのなら。
この想いを告げてもいいのだろうか。
白い、闇の中で。
「いの?」
でもここは、夢の中じゃない。
白くけぶっているのは闇じゃない。
満開に開いた桜の花びらが風に吹かれているだけ。
ざあざあと花びらが風に巻き上げられているだけ。
好きなのは、私だけ。
あなたの心は別の所に。
「サクラ。」
「ん?」
ざあざあと、降るのは。
桜の花びら。
「もしあたしが、一生叶わない片思いをしてるとしたら、どうする。」
「……いのはどうして欲しいの?」
長く伸びた髪をさらりと梳きながらサクラは問う。
あなたは何も気付かないけれど。
一番欲しい言葉は貰えないけれど。
友達のまま、ずっと側にいて欲しい。
ずっと、側にいることを、許して欲しい。
そんなことは、言えないから。
そんなことさえ、言えないから。
困った顔で見つめてしまう。
その柔らかい瞳の中を。
「しょうがないから、慰めてあげるわ。」
本当に、仕方がないと、そんな顔をして。
花びらだらけのそのベンチの隣に腰をかける。
「諦めがつくまで慰めてあげる。」
白い白い闇の中。
あなただけが唯一の光り。
鮮やかな色を放ちながら。
「バーカ。」
コツリと力無くこめかみを小突いて。
いつものように、笑ってみせる。
優しい奇跡を貰ったから。
側にいてくれると、そう言ってくれたから。
もう少しの間この闇の中で一人きり。
一人きりでも大丈夫。
遥か遠くにまだ、あなたの後ろ姿が見えるから。
今はまだ、この白い白い闇の中。
沈み込まないままでいられるから。
今日もまだ一人、この白い闇の中で。
fin
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