満開の桜の下
淡い、ぼんやりとした空気の中、さりさりと音を立ててゆっくりと歩く。
見上げた視界に映るのはとろりとしたきいろい月。
少し欠けた、満月より薄い月の光は霞んだ空気を発光させて物の輪郭を非道く曖昧にさせているようだった。
さりさりと音を立てる足下の桜。
はらはらと舞い落ちる無数の花びら。
自分の輪郭さえも曖昧な風景に溶け込んで、音もなく、二人で歩く。
ふと、呟きを落としたのはイルカだった。
「カカシ先生、手、繋ぎませんか?」
別段驚いた風でもなくカカシは右手を差し出す。
「ハイ」
イルカはほんの少し意外そうな顔をして、くつくつと喉の奥で笑いを噛み殺して言った。
「いいんですか?そんな簡単に手なんか繋いでも。里の誇る上忍写輪眼のカカシが片手を塞がれちゃってもいいんですか?」
カカシは呆れたような顔をして宙に浮いた右手をひらひらさせる。
「断ったら猛烈に怒るくせに」
空いた左手で頭上の桜を払いながら、それに、と続ける。
「それに断られるとか思ってもなかったくせに、どうしてそーいうこと聞くんです?」
差し出された右手を自分の手で握り返しながらイルカは嬉しそうに笑った。
「愛を確かめてるんです」
「あっそ。だったらこの方がいいでしょ」
そう言って指を一本ずつ絡ませていく。
「大胆ですねぇ」
「イヤじゃないでしょ?」
「そりゃね」
堪えきれない笑い声がイルカの唇から漏れている。
呆れたような、諦めたような表情を浮かべてカカシが言った。
「あと五分で家着くしね」
さりさりという足下の桜とイルカの噛み殺した笑い声だけが辺りを満たしていた。
頭上には欠けた月。
心地よいお互いの体温を感じながら二人は少しだけ歩調をゆるめたのだった。
fin
←back