「あぁ、寒いと思ったら、雪が」
雪が降ってますよ、カカシ先生。
柔らかな笑みと柔らかな声。
あの人は、ほんの少し幼いような声で、そう言った。
見る間に積もっていく白い結晶が世界を銀色に染め上げて、歩き出した彼の人の足下で小さな笑い声をあげていた。
片思いの頃。
雪は。
いましがた降り出したと思っていた雪は、いつの間にか世界を白一色に包んでしまっていた。
嬉しそうに隣を歩くイルカがそっと道沿いの塀に積もった雪をすくい上げる。
「ほら、カカシ先生。もうこんなに積もってますよ」
嬉しそうに手の平で解けていく雪を眺めながら、冷え切って赤くなった指先にまるで頓着することもなく。
目の前の赤い冷えた指先を暖めようとして、不意に可笑しくなった。
まだ、理由なんか探してる。
この指先を、暖めるための。
この人に、触れるための、理由なんかをまだ探してる。
2人で飲みに行ったり、こうして一緒に帰ったり、お互いの家にだって行ったことはあるけれど、ただそれだけだから。
どんなに親密に思えてもまだそれだけだから、こうして触れることでさえまだ理由なんか探さなくちゃならなくて不意に可笑しくなる。
いつまでこんな関係が、続くんだろう。
「ねぇ、イルカ先生」
溶けてしまった雪を惜しんでまた新しい雪をすくい取る目の前の愛おしい人の手を取って、そっと問いかけた。
「え?」
「こうしてアナタの手を暖めるのに、いつまで理由なんか探さなくちゃいけないんでしょうか」
冷え切った指先を柔らかく撫でて、口元までその手を持ってきて息を吹きかける。
冷え性のくせにこういう無茶を時々するイルカを咎めるように。
「…………」
黙ってしまったイルカに、だけれどもかける言葉も見つからずただその冷えた指先をさすっていた。
「さぁ?」
短い沈黙を破って、歌うように囁いたイルカの言葉はひどく薄情な、それ。
「え?」
「さぁ、どうなんでしょうね、カカシ先生」
うっすらと、笑っているようにも見えた。
酷い人だと、思うより何よりその瞳の深さにほんの少し、怖くなる。
不意に覗く、瞬間。ほんの心の小さな隙間。
狡い大人がなにも悟らせない瞳で、ひたと見つめる。
「ひょっとして理由なんて探してるの、あなただけかもしれませんよ」
ひどく酷薄そうな笑みを浮かべて、イルカは不意に視線を外した。
「……そんなことを言って、イイんですか」
抱きしめて攫って閉じこめてしまっても、アナタを逃げられないくらい追いつめてしまっても。
いいのでしょうか。
アナタは赦して、くれますか。
言葉には、しないけれど。
見透かしたように、それでも視線を合わせないまま、イルカは言う。
「駄目です」
ただ、そう、言った。
まだ雪は止みそうになくてイルカの冷えた手もなかなか暖まりそうになくて。
ほんの少し困ってイルカの手を握りしめて。
繋いだ手から少しでもこの温もりが伝わるように。
そうしてイルカが風邪を引かないようにそっとその手を引いて歩き出したのだった。
fin
こういう感じの長いお話しが書きたい…。
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