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あさごはん


ぼんやりと浮上する意識にするりと滑り込んできたのは、コトコト言う生活の音。
やかんか鍋か、何かそう言った非道く日常のありふれた物が音を立てていた。
そして鼻をくすぐる匂いにようやくここがイルカの家であることを思い出す。
不自然に空いたベットの左半分を触ればまだ何となく温かく、夕べ無理矢理抱き込んで眠ったイルカの感触を思い出してカカシはそっと笑った。

目だけ上げて枕元の時計を見れば針はやっと7時を通り越したばかりで、もう少し眠っていても大丈夫なそんな時間。

コトコトと柔らかい音に混じって小さな鼻歌が聞こえる。
もう少し、もう少しだけ眠っていればきっと。
きっといいことが起こる、カカシは確信に満ちてゴソゴソと布団を被り直した。

かぶり直した布団からはふわりとイルカの匂いがしてますます起きたくない。

ぬくぬくと布団にくるまれたままカカシは耳を澄ます。
誰かの動く気配。愛しい人が、そこにいるというその気配。
朝がこんなにも幸福だと知ったのは、イルカ先生に出会ったから。

そうしてペタペタと寝室に向かって歩いてくる音がする。
ドアはいつものように少し開いたまま、音も立てずに開けられてそうして枕元までの短い間ペタペタとイルカの歩く音。

「カカシ先生、そろそろ起きて下さいよ」

柔らかなその手の平の感触にウットリと目を閉じてカカシは笑う。

「カカシ先生、起きてるんでしょう。朝ご飯ですよ」

ゆさゆさと体を揺すられて。
もうそろそろ起きないと、きっとまた叱られるから。生徒を叱るみたいに容赦なく。
それはそれでどこか甘い、幸せな響きを持っているのだけれど。
体を揺さぶるイルカの腕をやんわりと掴んでカカシはのっそりと上半身を起こす。

「おはようございます、イルカ先生」

「はい、おはようございます」

手首を掴んだまま。
やんわりと、それを撫でるように触るとイルカはぺちりと空いた手でカカシの頭を叩いた。

「早く顔洗って台所に来て下さいね。飯、冷めますよ」

手首を掴んでいた腕をほどいてイルカはカカシに背を向ける。
今度はその腰をカカシは抱きしめた。

「……カカシ先生?」

それは明らかに怒っているような口調だったがカカシは気に留めずその腰に顔を埋める。

「いい匂いがしますね。イルカ先生」

ウットリとイルカの腰に顔を埋めて、幸せそうに呟くカカシに毒気を抜かれたのかイルカは溜息混じりに答える。

「申し訳ありませんがメニューはいつもとさほど変わりないですよ?」

腰を捕まれているせいで身動きのとれないイルカは首だけ動かしてカカシの後頭部を眺めた。
何だか珍しい光景にふと気が弛む。

「朝ご飯のことじゃあないんですけどねぇ」

腕を腰に回したままカカシが顔を上げると見下ろしていたイルカと目が合う。
心底呆れたような顔でイルカは今度こそ本当にカカシの頭を殴ると、早くして下さいね、そう吐き捨てて寝室を出ていった。

「イッテ〜」

殴られた頭をさすりながらそれでもカカシは笑いを隠しきれなかった。



「イタダキマ〜ス」
「いただきます」

並んでいるのは月並みな朝食。
御飯とみそ汁、卵にお魚。
ひょっとしなくてもカカシの好きなモノばかり。
そうしてなぜかある、カカシの茶碗とカカシの箸。

ふと気が付くと増えているカカシの物。カカシ専用の物達。

自分の知らない間に増えていく、イルカがわざわざカカシのために選んだ、もの。
それは。

そのことは。
イルカは何にも言わないけれど。自分も何にも聞かないけれど。

イルカが自分を受け入れている証拠。
あんまり人と関わりたがらないイルカが、そっと自分にだけくれた特別。

何にも、聞かないけれど。



「イルカ先生って料理上手いですよね〜」

「普通ですよ、普通」

向かい合って御飯を食べながらその優しい幸福にカカシはくつくつと笑ったのだった。


おしまい。


元ネタは熊本の友人Yくん。THANKS!!
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